俺様社長は左手で愛を囁く

行く事を拒む美香。

それを強引に人気のない場所へ連れて行く。

・・・

場所が見つかり、

ようやく手を離すと、

必至に息を整える美香がいた。

「な、なんなんですか?」


美香の言葉に、

少し落ち着きを取り戻し、

それに応えた。



「冬美はなぜ、海外に行ったんだ?」


「さっきも言ったけど、

貴方に言う義務はないわ。

社長だからって、強気に出られても、

何も怖くない。

アンタなんかより、冬美の方が大事だから」


オレを見据え、

美香は言い放った。


「今オレは、社長として

君の前にいるんじゃない。

神宮寺翔としてここにいるし、

一人の男として聞きに来た」


「・・・男?

笑わせないで。立派な男なら、

冬美を幸せにできたはずよ」
「オレは、冬美を愛してる」


「ウソばっかり」


「…ウソじゃない。

冬美の事を考えると、

近藤と一緒になる方がいいと思ったから。

彼女の幸せの為に、彼女の元を去った」


・・・

オレの言葉に、

疑いの目で見つめる美香。

・・・

「冬美が貴方の事を、

心から愛してる事に、気が付いてた?」


「・・・え?」

・・・

「冬美の話しを、

ちゃんと聞いてあげようとした?」

・・・

それは、なかった。

彼女の口から、

別れの言葉を聞きたくないがために、

何度も、冬美の言葉を遮った。


「本当の冬美の事を愛してるなら、

真正面からちゃんと受け止めてあげなさいよ!

ここには一生、帰ってこないかもしれない」
「そう、なのか?」


「それは、冬美が決める事だもの。

今の私にはわからないわ…

それもこれもすべて、貴方、次第なんじゃない?」


「・・・」


「本当に、冬美を愛してる?」

オレは黙って頷いた。

・・・

「冬美を幸せにするって誓える?」


「…誓う」



「・・・その言葉、信じるわよ?」

「必ず、幸せにする」

・・・

しばらくの沈黙の後、

美香は冬美の居場所を教えてくれた。

・・・

そして、

オレはオーストラリアへと、旅立つ。

・・・

彼女を、

冬美を連れ戻す為に。
・・・

ったく、やっと来たわね?

・・・

宣伝部の入り口で、

私を呼ぶ不届き者。

・・・

私の大事な親友を泣かせた張本人。

私は冷たい態度で、

神宮寺翔社長、いえ、翔のバカ野郎を

あしらってやった。

・・・

でも、私の冷たい態度には、

全く動じる気配はない。

この男は、

本気で冬美の事を好きなんだ。

話してる最中に感じ取れた。


だからと言って、

そう簡単に居場所は教えない。

ちょっとは反省しろって言うの!

冬美の態度は、明らかに、

翔へスキスキオーラを出してたはずなのに。

それに気が付かないなんて鈍感すぎ。

・・・

散々懲らしめたつもりの私は、

少しだけ満足して、

冬美の居場所を教えた。

オーストラリアとは言ったわ。

でも、

オーストラリアのどこにいるかは、

教えてやらなかった。

・・・

自分で冬美の居場所を見つけなさい。

・・・

そして、

冬美にちゃんと自分の気持ちを、

自分でちゃんと伝えなさい。

・・・

これはお姉様からの宿題よ。

・・・

それで冬美を手に入れられたら、

私の宿題は終わり。

・・・

冬美を連れ帰る事が出来るかしら?

・・・

連れ帰ってほしい気持ちはもちろんある。

でも、少しだけ、

そうあってほしくないとも思う。

だって、

また冬美が傷つくんじゃないかと思うと、

やりきれないじゃない?

親友にはいつも、ずっと、

笑顔でいてほしいから。
「美香先輩」


「なあに?」


後輩に呼ばれ、

笑顔で振り返った私。


「社長が、美香先輩に用事

なんて何事ですか?」


「・・フフ、さぁ?

一体何の用事だったのでしょうか?」

私は笑ってごまかした。

・・・

「美香先輩は綺麗だから、

デートのお誘いですか?」


「まさかぁ、そんなことあるわけないじゃない」

後輩の肩を叩きながら、

自分のデスクに帰った。

・・・そして、

冬美のことを思った。

…冬美、

すべてを決めるのは、

貴女に任せたからね?

そう心の中で呟き、

仕事を始めた。
「初めまして、美香の姉の、

薫子です」


薫子さんは、美香に良く似て、

とても美人でスタイルのいい女性。

・・・

こうやって話すことはおろか、

お互い顔を合わせるのも、

初めてだった。

・・・

「初めまして、色々お世話になります」

私は深々と頭を下げた。


「フフ、堅苦しい挨拶はナシよ。

それより、美香からいろいろ聞いてる。

冬美さんには、こっちで何も考えず、

静かに過ごしてもらえたら、それだけでいい。

自分の行きたい道を、

見つめられることを願ってるわ」


そう言って優しい微笑みをした薫子さん。

私も少しだけ、笑って見せた。

・・・

美香とは正反対な性格のようだな。

優しいところはそっくりだけど。

こんな人となら、やっていけそうだと思った。


ここはとても静かでのどかな場所。

何も考えないで、

散歩をしたり、買い物に出かけたり。

・・・

家の近くの公園で、

時間が過ぎるのを待つこともあった。

・・・

何日か目に、

いつも同じ人がいる事に気が付いた。

目が合うと、ニコッと笑顔になる男の子。

・・・

私も笑顔を作って、

会釈をしてるうちに、

話す機会が巡ってきた。


「ハロー」

「・・・」

話しかけても、

答えが返ってこない。

笑顔はそのままなのに、なぜ?

・・・

首を傾げる私に、

メモ帳に、英語で、

『耳が聞こえないから、喋れないんだ』

と、書かれていた。

それで納得した。
それからは筆談をした。

彼の名前はマイク、歳は18歳。

学校にも行ってるが、

最近は行っていないとか…

何やら悩みがあるらしく。

・・・

私と悩みを持つと言うことは同じ。

それで親近感が湧いたのか、

マイクと仲良くなった。

・・・

それからは、

友達として、よく、あちこちに、

一緒に出掛けるようになった。

・・・

「最近は、少し、笑えるようになったみたいね?」

薫子さんが嬉しそうに言う。

・・・


「・・・はい、

こっちで友達が出来たんです。

悩みは違うけど、お互い悩みを話し合えて、

なんだか、胸のつかえが

少しずつだけど、取れて来たみたいで」



「・・・そう、それはよかった。

じゃあ、その子には、感謝しなきゃね?」


「はい」