俺様社長は左手で愛を囁く

彼女を抱きかかえ、

車に乗せたオレは、

病院に急いだ。

・・・

彼女の無事を、

何度も祈りながら…
・・・

その晩は、あまりに高熱だった為、

管理入院となった。

オレは、

冬美の傍から一歩も離れなかった。

何度も汗を拭きとり、

彼女の手をそっと包み込んでいた。

・・・

朝。

目が覚めると、

熱はだいぶ下がったのか、

静かな寝息を立てながら、

冬美は眠っている。

深く溜息をついたオレは、

冬美の頭を優しく撫でた。

・・・

「・・翔」

「・・ゴメン起こしたか?」

冬美は首を振る。

オレは微笑み、もう一度優しく頭を撫でる。


「・・翔、あの」

「何も言わなくていい。

昨夜の事が、冬美の答えなら、

オレから離れてもいい・・・

荷物はすべてうちにあるからな・・・

引っ越し場所が決まるまで、うちにいろ・・」
「翔、違うの」

そう言って起き上がった冬美を、

ギュッと抱きしめた。

・・・

心ではそんな事、

これっぽっちも思ってなんかない。

あんな男に、冬美をやるなんて、

嫌なんだ。

・・・

だが、

それで冬美が幸せになれるなら・・・





「オレはもう・・・

冬美を愛してない」





心とは真逆の言葉を、

冬美に言ってしまった。

これがサヨナラの言葉。

・・・

冬美、オレはお前を、

今も愛してる・・・

そっと、冬美から離れたオレは、

それ以上何も言うことなく、

病室を出ていった。
翔が何を言ってるのか…

自分で把握することができない。

まるで、

テレビ画面を見てるかのように、

一方的に話が進む。

・・・

私は、

翔の事好きだよ・・・

私は心から、

貴方を愛してるよ・・・

それなのに、

なぜ翔は、

そんな事を言うの?

・・・


「オレはもう…

冬美を愛してない」


・・・

その言葉だけが、

何度も聞こえてきた。

嘘だよね?

私を離さないって言ってくれたのに。

私を愛してるって、

言ってくれたのに・・・

翔が出ていったドアをぼんやりと眺める。

涙は枯れる事を知らないように、

流れ続けていた。
…午後。

私は家に帰る事を許された。

…家。

それは翔の住んでる家でもある。

・・・

愛してない。

そう言われてしまったからには、

出ていかなきゃならない。

まだ少し、熱っぽく、

けだるい体で、家に帰った。

・・・

そこには、

翔の姿はなかった。

会社にでもいるのだろうか?

幸子さんの姿も見えない。

・・・

私はソファーに座って、

深く溜息をついた。

やらなきゃいけない事はたくさんある。

でも、

何から手を付ければいいのか、

分からないでいた。





「帰っていたのか」

背後からそんな声が聞こえてきた。
私は振り返る事も出来ず、

言葉だけで返す。

「・・・うん。

今日・・・出ていくから」


「・・・そんな体で?」


「翔に迷惑はかけられないもの・・

すべての荷物は無理だから、

引っ越し先を見つけ次第になるけど」

・・・

涙でかすんで前が見えない。

こんな顔を、

翔に見せるわけにはいかない。

翔を困らせる事は出来ない。

・・・

そんな翔も、

私が振り返らに事をいいことに、

私を抱きしめたい衝動を必死に堪える為、

握り拳を作っていた。

・・・

「せめて、体が元に戻るまで、

ここにいろ」


「・・ううん。それは出来ない」

そう言って私はスッと立ち上がった。

・・・が。

ふらついて、

その場にしゃがみ込む。
「バカ・・・こんな体で、

どこに行くって言うんだ?」

そう言った翔は、

私を抱き上げた。

・・・

私は何とか抵抗する。


「翔には甘えられない。

貴方はもう、私の事・・・

愛していないんでしょう?」


私の言葉に、

翔の動きが止まる。

・・・

私は翔に涙を見られまいと、

荒っぽく目をこすった。


「うるさい!」

翔は目線を逸らしたまま、

私に言い放った。

翔の怒鳴り声に、驚く。

・・・

「ちゃんと、体は治せ・・・

出ていくのはそれからだ・・・」

翔は私を抱きかかえたまま、

寝室に運び、そっと寝かせた。
「翔」


「黙って言うことを聞いてろ。

仕事もしばらく休め、いいな?」


「・・・」


・・・

それから2.3日は寝込んだ私。

・・・

4日目には、体もだいぶ良くなり、

翔が仕事に行ってる間に荷物をまとめ、

帰ってくる前に、家を出た。

・・・

翔の顔を見たら、

別れられなくなりそうだったから。

・・・

私の行先は。

・・・

「いらっしゃい。さ、中入って?」


「…うん、ありがとう、美香」

・・・

私のたった一人の親友、美香の元だった。

私の話をすべて聞いた美香は、

深い溜息をつく。

「冬美ったら、どうしようもないわね」

「・・・」



「好きならちゃんと言わなきゃ。

言わなきゃ何も伝わらない・・・

社長も社長よ。

きっとまだ冬美の事好きなくせに・・・

すべてを諦めてる感じね?」



「・・・え?」


涙を拭きながら、

美香の顔を見つめた。


「だってそうでしょ?

嫌いなら、さっさと追い出すだろうし、

看病なんてありえないと思う。

その、園田先輩にそっくりな男に、

一度会わせて」


「…それは無理でしょ」


「無理じゃないわ!

その人と、園田先輩を一緒にしないの!

顔が似てるだけじゃない・・・

中身は全くの別人よ?

携帯貸して。それと名刺も」