俺様社長は左手で愛を囁く

「近藤さん」


「・・・なんですか?」


「つかぬことをお聞きしますが、

今奥様か、恋人はおりますか?」


「・・・いえ、いませんが?」


「・・・そう、ですか」


「それが何か?」


「・・・いえ」


「神宮寺社長は、

綺麗な恋人がいるようなので、

羨ましい限りです・・・

奪っていまいたいくらい、綺麗な方だ」



「・・・え?!」


…一瞬、本気の顔に見えた。

「冗談ですよ・・・

じゃあ、私はこれで、

仕事に戻ります」


「え・・あ、はい」

・・・

秀明の後姿を見つめながら、

今の言葉の意味を、

考えていた。
【秀明side】

神宮寺翔は、一人の女だけを

愛することはない。

・・・

うわさではそう聞いていた。

それなのに、

隣にいた女性の手を、

それはそれは大事そうに握りしめ、

歩いていた。

・・・

その女性は本当に綺麗な女性だった。

・・・

しかも、

亡き、恋人にそっくりだった。

・・・

あまりにも似ていた為、

錯覚を起こしそうになったが、

こんな所にいるはずないのは分かっていた。

だから、

冷静に、もう一度、

彼女を見つめた。

・・・よく見れば、

ちょっと似ているだけ。

オレは彼女に微笑み、会釈をする。

彼女も軽く会釈したものの、

オレの顔から、

目線を逸らすことはなかった。
一体なぜ?

そう思ったが、

ただ通りすがりに出っただけの彼女に、

そんな事が聞けるはずもなく、

オレは、彼女の横を通り過ぎ、

その場を後にした。

・・・

あんな彼女なら、

神宮寺が大事にするのも、

分かる気がした。

・・・

用事を済ませたオレは、

会社を出る為、

足早に歩いていた。

・・・ドン。

・・・

よそ見をしていた為、

誰かとぶつかった。

辺りには、書類が散乱していた。

「す、すみません、大丈夫ですか?」

急いで書類をかき集め、

手渡した相手は、

あの時の女性だった。

神宮寺は、冬美、そう言ってたな。

…ダメだ。

冬美は、あまりに美羽にそっくりだった。
「園田先輩」

・・・先輩じゃないのは分かってる。

それなのに、

私の口から、先輩の名を

呟いていた。

・・・

「園田先輩?」

私を見つめ、その人が囁く。

私はハッとし、

咄嗟に謝った。


「ごめんなさい、人違いです」

「・・・いいえ。

それより、お怪我は?」


「大丈夫です、何ともありません」

私はそう言って首を振った。

そして、もう一度、その人の顔を見つめる。

・・・

「私、近藤コーポレーションの、

近藤秀明と言います・・・

貴女、確か、神宮寺社長の」

・・・

私は無言のまま頷いた。

あの日の晩会ったのは、

この人だったんだ。

外回りから帰ってきていた私は、

鞄の中から、あのハンカチを取りだし、

秀明に渡した。
「あ、ありがとうございます。

社長が、貴女が拾ってくれていた

と聞いていました。

…あれ、わざわざ洗濯まで

してくださったんですか?」


「少し汚れていたので・・・

差し出がましい事をしてごめんなさい」


「そんな、嬉しいですよ・・・

では、また・・・

会社に帰らないといけないので」


「・・・は、い」


微笑んだ秀明は、

玄関の方に向かって歩き出す。


・・・

「待って」

「・・・え?」

・・・

この人は先輩じゃない。

ただそっくりなだけで、赤の他人・・・

なぜ呼び止めたのかしら。

「あ、いえ・・・

何でもないんです、ごめんなさい。

それじゃあ」

私は秀明に背を向け、

歩き出した。・・・?!
「あの、これを」

「・・・え?」

・・・

私の肩を掴んだ秀明は、

名刺を取り出し、私に渡す・・・

それには携帯番号も・・・


「よかったら、連絡ください」

「え、ちょっと」

・・・

秀明は、

逃げるように、その場を去っていった。

・・・

そこの立ち尽くす私は、

その名刺を握りしめ、

秀明の後姿を、ずっと眺めていた。

・・・

話し方も、



笑い方も、




しぐさも・・・・


似すぎる秀明・・・


どうして今頃、私の前に現れたの?

私が先輩を忘れようとしてるから、

怒って、こんな事をしたの、

ねぇ、先輩?
「・・み」


「・・・」


「・・・ふみ」


「・・・」


「冬美」

「・・・え?」

・・・

何度私の名を呼んだのか、

翔は溜息をついてる。

「どうした?そんなに思いつめた顔して?」


「・・・なんでもない」


「冬美の口癖らしいな、

その『何でもない』って」


「・・・あ」

口元を押さえる私に、

翔はクスッと笑って、

優しく私を抱きしめた。

・・・

「どうしたんだよ?」

「・・・ホントに、何でもないの。

ごめんなさい、心配かけて」

「・・・そうか」

「…翔」

「・・ん?」
「私、翔の事、好きよ」










・・・・








突然の私の告白に、


翔は驚き顔だった。








・・・・・・・

そうよ、

私は翔の事が好き。



それを確認したかった。
「その言葉は、本心なんだよな?」



「・・・え?」



「冬美は本当に、

オレの事が好きなんだよな?」


「・・・もちろん」


私の答えに、

満足したように、

翔は微笑み、私に口づけをした。


「冬美の告白を待っていた・・・

もう、お前を離さない・・・

どんなことが起きようと」



「・・・ええ。

離さないでね?

私が飛んで行かないように・・・」


私は微笑み、

翔を優しき抱きしめた。

・・・

この腕を、

きっとずっと、

離しちゃいけない、

そんな気持ちになっていた。