怒ってないんだ……。


私がゆっくり頷くと、彼が口をふさいでいた手を離した。

それでもすぐに叫んでしまいそうになり、自分で口をふさぐ。

少し気持ちを抑えて出てきた言葉は、情けないものだった。


「お、怒ってないんですか?」

「何で怒らなきゃならないのさ? 

君に正直な意見を頼んだのはこの僕だ。 

それに、完全に同意するよ」

「どうしてこんなところにいるんですか」

「バケーション中なんだ」


彼はにっこりとほほ笑み、空いた手でジーンズのポケットを探る。

中から出てきたのは一枚のカードとボールペン。

さらさらと何か書くと、私に手渡した。


「ここに僕の連絡先と住所が書いてある」


渡されたカードを見てみると、二つの電話番号、二つの住所が書いてあった。

右肩上がりの、とても几帳面な字。

少し細めの、すっきりとした柔らかい書き方をするらしい。

私より、確実に字が上手い。


「一番上の番号が僕のプライベート携帯、その次が事務所。 

その下の住所は上が僕の自宅、下が事務所だ。 

僕が事務所にいることはあまりないから、もし僕を手伝ってくれるなら携帯に連絡をくれ」

「手伝う?」


彼は、陳列棚を眺めながらゆっくりと歩きだす。

それに合わせて私もついていく。


「実は、僕に出演依頼が来ている脚本を読んでほしいんだ」

「きゃ、脚本?」


藍川が頷く。

足を止めた彼が手に取ったのは、昨年話題になったシリーズの作品。

数十年にわたり代々主人公が変わる、有名アクションスパイムービー。


「この作品だって、いくらブランドがあって脚本家が売れっ子であっても、ストーリーが手抜きであれば客足は自然と遠のく」