彼の表情が少し強張った気がする。

何か悪いことを言っただろうか。

ここまでは勢いだ。

照れていたし、とても早口でまくしたてるような口調になってしまった。


「飽きられる、か。 

僕も同感だよ」

「そう言えば、藍川さんに似てなくもないですよね。 

そろそろあなたのお名前を教えてもらってもいい頃なんじゃ……」


しまった……。


ついに一歩線を踏み越えてしまった気がする。


「いや、やっぱりいいです……」


顔が真っ赤になっていくのが分かる。

踵を返して店から出ようとしたとき、彼が私の腕をつかんだ。


「まだ、気づかないの?」


彼は空いている左手でゆっくりとサングラスを下げる。

彼の素顔を見るのが怖い。

想像と違っていたらどうしよう……。

そんなことを思いながらも、私は目を背けることができなかった。

そして、現れた彼の素顔は、私の期待通り、いや、それ以上だった。

白い肌、整った眉に力強い目。

力強いだけではなく、どこか優しい印象を受けるその目が、彼が持っているパッケージの有名人と同じことに気づく。

その瞬間、私は全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。


「うっそ、マジで……?」


私の目の前に立つその人は、藍川雅之、その人だった。

聞いたことがある声だと思ったのは、私が日常生活を送る上で、無意識のうちに聞いていたからだ。

日本中で、彼の声を聞いたことが無い人はいない。

四六時中CM、ドラマ、映画に出演している。

つまり、本人を目の前にしてボロクソ言ってしまったわけだ。

完全に嫌われた。

間違いない。

ここまで気づかなかった私は大ばか者だ。

私は悲鳴をあげそうになった。

私の口をサッと押え、握っていた手を離し、唇に人差し指を当てる。


「頼む、騒がないでくれ。 

ここでツイッターに投稿されでもしたら、ここから帰れなくなる」


私の思いとは反対に、彼の口元は微笑んでいた。