「…そろそろ止めてあげて…」

その声で、残念そうに一斉に手を離す皆の間をすり抜けて、雷光が逃げるように素早く私の元へとやってきた。
疲れた様子を隠しながら、私の前に広がる血を見て言った。

《…主…怪我をされたか…?》
「うん。
でも、もう塞がったよ。
律には言わないでね」

優しく撫でると、気持ちよさそうにすり寄ってくる。
だがすぐに気を引き締めた。

《…これだけの出血…主が怪我を負うとは…》
「相手は、腕を切り落とす気だったからね。
少し酷くても仕方がない。
それより、情報部のターナの所へ行ってきて。
船の位置を伝えて、これを見てもらって」

床に手を当て、魔法陣を出現させると、部屋のあちこちに同じ魔法陣が描かれる。
手をゆっくりと床から離すと、部屋中の魔法陣が手元に集約され、子どもが握れるくらいの太さの水晶のようなスティックが現れる。
それを掴み取ると、雷光に差し出した。
これは、世界の記憶を集約した物。
この部屋で、先程起きた出来事を記憶させた媒体だ。

「あと、使い魔で他の人達の身元と、船の見取り図を頼むと伝えて」
《承知した》

そう答えて来たときと同様に、姿が空間からかき消えた。
それから、部屋の隅に隠れているもの達に呼び掛ける。

「お前達、出てきなさい」

おずおずと姿を現したのは、小さな小鬼姿の闇族達。

解放できたのはこれだけか…。
やはり、かなり弱っているな…。

「…ちょうどいい。
この血をあげるよ。
動けるようになったら、すぐに土地へ帰りなさい」

そう言うと、闇族達は血溜まりに集まり、それぞれ、小枝の様な細く小さい手を翳すと、血を光の粒子に変え、吸収した。
律儀に一つ頭を下げると、一匹、また一匹と姿を消していった。
最後の一匹が消える時には、タオルについた血も全て、何事もなかったように消えていた。
一部始終を見ていた皆が、恐る恐る元の位置に戻ってくる。
私が立ち上がると、美輝がすかさず手を取って、ソファーに導かれた。
隣に腰を下ろした美輝が、残念そうに聞いてくる。

「…帰った…の…?」
「うん。
自分達の土地に帰って行ったんだ」
「…さっきの白い虎さんは?」

皆の視線が痛いな…。

「…仕事を頼んだんだよ。
晴海さんの様子を見に行ってきてもらったんだ。
これから助ける段取りを立てないと」
「何とかなりそうか?」

煉夜が問いかける。

「うん。
ターナに頼んだからね。
それに、あの女性は、もう出てこないと思うよ。
闇族を半分くらい引き剥がしたからね。
多少痛手も負っている」

ただ、闇族を引き剥がしただけじゃない。
特殊な術を織り交ぜた雷撃を浴びせたのだ。
口調は必死で平静を装おってはいたが、かなり消耗させられた。

《白魔術よね。
使える人はあまりいないと聞いてるわ》
「っ白魔術!?
結、いつの間に!?」
「文献でね…まだ初歩のレベルだけど。
神族相手には効くかなって。
まぁ、慣れない術を使ったから、調子が狂って怪我をしたって感じだけど…」

白魔術は、精神感応系の術とされている。
あまり趣味の良いものではないし、構成が細かく繊細な術だ。
実戦で、一対一の時には不利になるので、ほとんど使えない。
ただ今回は、母にしてくれた事の異種返しのつもりだったのだ。

「相当腹に据えかねてたんだな…」

当たり前ですっ。