店の方針にあれこれ思い悩みながら廊下に出ようとした俺を、わざわざ瀬名さんが近づいてきて呼び止めた。


「蓮に個人的に頼みがあるんだが。聞いてもらえないか?」

「何すか?」


瀬名さんの頼みなら、聞かないわけにはいかない。

俺をここまで育ててくれた人だし、俺を信用して店を任せてくれてる訳だし。


ただ、……まさか、あの女の事じゃないよな?


「真優の事なんだがな。昨日、あいつ泣きながら言ったんだ。同居している男に暴力を振るわれていると。それにその男は、同居のために俺が渡した金を真優から奪って自分が遊ぶための金に使ってしまったらしくてな」

「………はぁ………」


嘘ばっかり並べやがって。つーか瀬名さん、あんた一体どんな育て方したらあんな性格の人間になるんだよ?


「あのマンションの部屋の保証人は俺だし、相手の男には早々に出ていってもらうつもりだが、真優は俺には心配をかけたくないから自分で話を進めると言って聞かないんだ。部屋も解約しないでそこに住むとも言ってるし……」

「………」


そりゃ、金を使ったのが男の方じゃなくて自分だとなりゃ父親には言えねーだろうな。それに、金を返さなきゃいけないのはあんたの娘の方だろ?


「だから、もしまた真優がその男に何かされそうになったら助けてやってくれないか?」

「え……?それは、ちょっと。菜月が……」

「菜月ちゃんになら俺が説明するから。あれでも大事な娘なんだ。宜しく頼む」



いつもだったら、瀬名さんに頭を下げさせるなんて真似は絶対にさせない。


そのくらい尊敬していたんだ。


だけど……。


「親バカだと思われても仕方ないかも知れんが、娘が可愛いんだよ……」

「分かりました」


もう何を言ってもどうしようもない。


諦めた俺はやりきれない思いを押し殺して、「真優が困っている場合にだけ部屋を貸す」と言い逃げしてその場を去った。


ほとぼりが冷めるまではあのマンションには戻らない。実家に戻ろう。



……そんな安易な考えに現実逃避した。