それ以上、お母さんにグチグチと説教もされたくないから、急いでシャワーを浴びてスーツに着替えた。……朝ごはんを食べたいけど、目の前でお母さんが仁王立ちしてるんだもん。

無理無理無理。


通勤がてら、どこかのコンビニでパンでも買って食べよう。

お腹は空いてるのに、昨日の蓮と過ごした甘い夜の余韻にまだ浸っているのか、あんまり胃に負担がかかるようなものは食べたくない。


と言う訳で、お母さんが作った朝食にはごめんなさいをして足早に家を出た。


通勤バスから降りて職場の近くのコンビニに立ち寄る。


ゼリー飲料が並ぶ棚からエネルギー補給ができるものを一つ取り、レジ打ちの店員にコーヒーをドリップしてくれるよう頼んで会計を済ませた。淹れたてのキャラメルマキアートにシナモンを振り入れ軽く混ぜ合わせると、薫りを嗅いだだけでボンヤリしていた頭が冴えてきた。


コーヒーを飲みながら職場に向かって歩くと、まだ早いうちに着いてしまう。

タイムカードを押すには早すぎたから、ロッカーに凭れて飲みかけのコーヒーを口に含んだ。


何気無しに携帯を取り出し、蓮へのメールを作成した。


《昨日は楽しかったよ。今夜もまた会えるよね(ゝω・´★)》


そして送信。


あんまりメールや電話するのって苦手なんだよね。直接顔を見て話すのとは違って、相手がどんな表情で私の言葉を感じてるのかが分からないから、かな。


しばらく携帯を眺めていると、肩をぽんと叩かれた。


「今日はやけに早いじゃん、菜月。おはよ」


先輩の小柳さんだ。


小柳さんは30代前半ぐらいの(実年齢は教えて貰えないから年齢は分からない)入社して9年目になるベテランさんだ。昔は今の私の仕事であるインフォメーションの担当だったらしいけど、今は主に営業で外回りが専門。


営業の成績も同僚の男性職員なんかよりずっと良い。


しかも美人。その姿は営業職というより、どこかのお店のママさんのようだ。黙っていればそれなりに品もある。


ちなみに、小柳さんはこの前のブライダル・フェアの後、蓮の店で私の歓迎会をしようと言った発起人でもあり。



……つまり、蓮狙いの一人な訳で。


私としては、小柳さんと蓮を迂闊に近づけたくはないというのが本音。


なんだけど。


「ねぇ!今日は給料日でしょ?菜月、仕事終わったら付き合ってよ。この前行った海野さんの店。いいでしょ?」


小柳さんの口調には否やを言わせない響きがあった。


本当は小柳さんとは一緒に行きたくない。どうせ行くなら一人で行きたい。



だけど、今ここで断ったところで、小柳さんがもし他の誰かを誘って行くような事にでもなったら、一人で店に行った私と鉢合わせしてしまうのは目に見えてる。


……となると、断れない…って事か……。


「……分かりました。小柳さんは仕事何時に終わります?それに合わせますので」

「今日はこの前成約したお客様が、夕方来館して衣装合わせをする予定だから……。7時には終わるかな?菜月は?」

「私の方が早く終わるから、どこかで暇潰ししときます。あのお店で待ち合わせにします?それとも……」


小柳さんは「現地集合でいいよ」と手を振ってロッカーの鍵を閉めた。



また後で蓮にメールをしないと。


ふと携帯に目を落とすと、メールの受信を報せている。



あ、蓮からのメールだ。


《いつもの席空けて待ってる。早く来いよ》



……小柳さんと一緒に行くって事、教えないと。