「〔ハルキ〕。太陽の〔陽〕に生きるの〔生〕で、陽生。いいだろ?」

「……真っ直ぐで、良い名前だね。……はるき?」


陽生の顔を覗きこんで、菜月がくすりと笑う。



どうしてか、そんな菜月がとてもいとおしくて。


菜月の頭をゆっくり撫でて労りながら、キスしようと顔を近づけた。

菜月も微笑みながら、目を瞑る。





唇まであと2センチってところで……。



ガラッと勢いよく開け放たれたドアに振り返ってしまった。



「菜月っ!!うまっ…産まれたって!どういうことっ!?」


混乱しながら分娩室に入ってきたのは、菜月のおふくろさんだった。


「あ、お母さん。産まれたよー」


さっきまであんなに苦しがってた姿からは想像もできないほど、能天気に菜月はおふくろさんを迎え入れた。


「だって、初産の陣痛って普通長引くでしょ!?何で!?」


パニクって菜月に喚き散らすおふくろさんをなだめながら、おれは無言でベッド横のパイプ椅子に座らせた。


そして、菜月の言葉に耳を疑う。


「なんかねぇ、病院に着いた時にはもう1分間隔ぐらいになってたっぽい。てへ」





……は?それじゃ何?


もう少し家を出るのが遅かったら、もしかしたら車ん中で出産してたかも知んねーってことか!?


てへじゃねぇよ!!


菜月に向かって涙ながらに説教するおふくろさんには全面的に賛同したい。つーか俺も一言文句は言いたいわ。


けど、菜月は頑張ったし。ゆっくり休ませてやりたいしな。


「お義母さん、すみません。先に病室に案内しますから、今はとりあえず菜月と赤ん坊をを休ませてやって下さい」

「あ…そうよね。じゃ、荷物は運んで使い易い所に並べとくから」

「……俺、ちょっと一服してくるな」



そう菜月に告げて、二人で分娩室を後にした。






喫煙室で、今朝からのバタバタを改めて回想してみる。


……想像してたのと、なんか違う。


生命の誕生は神秘的で敬虔なものに替わりはないんだけど。陽生が無事に産まれたくれたのは、言葉では言い表せないほど嬉しいんだけど。


まぁ、俺のおふくろみたいに陣痛で苦しまないで産まれてきてくれたって考えれば、陽生は親孝行な息子なのかも知んねぇよな。




天井に向けて登っていく紫煙をぼんやり眺めながら俺は苦笑した。




出逢ってからまだ2年も経たないのに、菜月といると初めて気づかされる感情ばかりだ。



これに陽生が加われば、これからどんな経験を俺達はしていくんだろう?


不安もあるけど、家族で寄り添って歩いて行けば大丈夫のような気がする。






――俺達の胸の中に生えた小さな芽は、陽の光を浴びて、これからどんどん大きく育っていくのだろうから……――。









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