俺達を残してバタバタと駆け回る看護婦達。


「これ以上は赤ちゃんの命に関わるから、吸引分娩に切り替えますね。器具を当てて赤ちゃんを吸い出しますから産まれた時は頭が少し歪になりますが、成長すると自然に元に戻ります。心配ありませんからね」


菜月や俺が返事をする前に、医者や看護婦達はその準備を始めていた。


「いきんじゃ駄目ですよー。ふー、ふーってゆっくり息を吐いて下さいねー」


看護婦は菜月に優しく声をかけるけど、その目は真剣そのものだ。


菜月の体温は冷たくなっていく。


「はい、頭が出ましたよー」

「もう少しだからね」


看護婦達は交互に菜月を励ますけど、俺は何て言葉をかければ良いのか分からない。


ただひたすら、菜月の手にしがみつくだけだ。


その菜月は、歯をくいしばって苦痛に堪えている。





……もういいだろ?こんだけ頑張ってんだよ。早く菜月を楽にしてやってくれよ……。



「出た!」



医者の言葉に重なるように響く、元気な赤ん坊の泣き声。


その瞬間、看護婦達に笑顔が戻った。


「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

「赤ちゃんの臍の緒を切ってみますか?お父さん」





……〈お父さん〉。って、俺?


俺、親父になったの?



看護婦から真っ赤な赤ん坊を優しく抱かせてもらうと、臍に白い緒がまだついている。


……切んの?これを?俺が?



「無理無理無理!できないっす!」


ハサミで傷つけたらとんでもないし!大体あんなに小さくて弱々しい命にハサミを入れるなんて絶対無理!


「ぷっ…。蓮、一緒に切ろ?」


まだ痛いだろうに、菜月が笑いながら俺に話しかけてきた。


看護婦達は呆然と立ち尽くす俺を菜月の隣に立たせ、菜月にはハサミを握らせた。



俺の腕の中には、まだ泣いている赤ん坊がいる。





菜月はしっかりとした手つきで、臍の緒をぱさりと切り落とした―――。






それから医者や看護婦達は後処理を済ませ、みんな分娩室を出ていってしまった。


残されたのは、俺と菜月と……赤ん坊。



「蓮、スポーツ飲料水飲みたい」

「ん」


ペットボトルにストローを差して、菜月の口元に運んでやる。



それを一気に飲み干す菜月に、何でか分からないけどムラムラした。


やべーよ、変態かよ俺。菜月は体力使い果たしてぐったりしてるってのに。


「……男の子だったら、蓮が名前を決めるって言ってたよね。もう決めてる?」



菜月の言葉に、ハッと意識を引き戻された。



子供の名前。


俺と、菜月の大事な宝物に贈る、初めてのプレゼント。