6月のあの結婚式が終わり、今はもう8月の盆も過ぎた。
あれから菜月はたまに吉田さんの家にお邪魔して挙式後のフォローに行ってたけど、いつも上機嫌で帰ってきてたのは菜月なりに吉田さんから学ぶ事があったんだろう。
そんな菜月も、とうとう臨月に入ったわけで。つっても予定日は下旬だし初産は予定日を過ぎるもんだっておふくろも言ってたから……。
大丈夫だよな?
でもやっぱり出産を控えて、色んな不安要素はあるんだけど。
身重の菜月の体を心配して何度も「会社は辞めろ」と言ったのに、菜月は頑として俺の頼みを聞き入れてはくれなかった。
自分を信じて契約してくれたお客さんたちの世話をしたいからと言っていうことを聞いてくれないのにはハラハラさせられた。
どうにかこうにか出産予定日の1ヶ月前までには産休をとる事だけは了承させたけど。
そして8月最後の週の始めの月曜日、仕事を終えて明け方に帰宅した俺は、寝室から聞こえる呻き声にぎょっとした。
……まさか。何かあったのか!?
乱暴に靴を脱ぎ捨て、急いで寝室に走り寄る。
「菜月っ!?どうした!?」
蒼白どころか真っ白な顔を苦痛に歪めた菜月を見た瞬間に、どっと脂汗が浮かんでくる。
「……なんか……痛い。下腹が、差し込みみたいに、キリキリする……」
おいちょっと待て!!
「おま…それ陣痛じゃねぇのか!?」
「多分……」
「何時からだよ!?」
「ん…一時間ぐらい前…かな」
なんでもっと早く連絡してこねーんだよ!!
「とにかく病院に行くぞ。荷物はまとめてあるんだよな?これか?」
予定日近くだったから、いつ何事が起きても良いように菜月のおふくろさんが来て、入院に必要な物は全部まとめて玄関に用意してくれてたはずだよな。
「まっ…て。まず病院に電話しないと。着替えもしないと…っ!!」
ベッドから降りた菜月が、がくんと床に踞ってしまった。
急いで立ち上がらせようとする俺の手を菜月は拒む。
「どうした?また陣痛?」
自分でも声が上ずっているのが分かる。
始めての経験に、俺はもうどうすればいいのかまるで分からない。
「ちがっ…っ。漏れてきたの。下から…。止まんなくて…」
「どういうこと?」
菜月、まさか漏ら……。
「……もしかして、破水?……かも知れない」
破水?破水って何だ?
「ちょっと見てくる」
フラフラと腹を抱えてトイレに向かう菜月の体を支えて歩かせる。
まだ痛むのか、菜月の体はガチガチに固まって震えていた。
そうだよ、俺がパニクってどうすんだよ!
こんな時は俺がちゃんと菜月を支えてないと駄目だろうが!!
……でもなんかやっぱり俺も怖くなってきたんですけど。
とりあえず。
おふくろと菜月のおふくろさんには電話して、ヘルプを頼もう。