その人は自分の名前を吉田早苗(よしだ さなえ)さんだと教えてくれた。

続けて私も、名刺を渡し会社名と自分の名前を名乗る。


そして、吉田さんはあの震災からの自分達の話をしてくれた。


何事も無ければ、吉田さん達の夫婦は一昨年の11月に結婚式を挙げるつもりでその年の2月に入籍した。

けれどあの震災で家財も家族も仕事もなくした吉田さん夫婦は、やむを得ず旦那さんの親戚がいる県外のこの場所に家を借りて生活を始めた。

仲が良かった地元の友人達も今では散り散りになってしまい、結婚式などのイベントが無いと皆で遊べない事も。


「さすがに一昨年はさ、皆が喪に服してたしそんな気分じゃ無かったんだけど、仲間や家族も最近は明るい話題が無さすぎて暗くなっちゃってるから、結婚式でもやりたいね…ってダンナと話をしてたとこだったんだよね」

「遠方からとなると、新幹線を使われますか?」

だとしたらうちはアウトだ。


「ううん。ダンナの知り合いがバスを持ってるし、大型免許持ってる奴もいるから、皆で地元からバスで乗り合いになるね。だから高速道路に近いおたくの式場は魅力だなぁ」

「何人ぐらいになりますか?」

「うーん…まだ分かんないけど、50人から100人の間かなー?」

「では、高速代や宿泊費なども考慮に入れたお見積書を出させて頂きたいのですが、明日のこの時間は奥様か旦那様、いらっしゃいますか?」

吉田さんはいるけど、旦那さんはいないとの事だった。

旦那さんの仕事は土建業で、奥さんの仕事はキャバクラだと言う。


だから、私としては夫婦二人が揃っている時に話をしたいんだけど、二人が一緒にいる時間が無いとなれば、結構キツい。


でも、このご夫婦には絶対に幸せになってほしいし、そのお手伝いをさせて頂きたい。



「では、明日またこの時間にお見積書をお持ち致しますので、是非私共にお二人のお幸せのお手伝いをさせて下さい!」


土下座せんばかりに頭を下げた私を見て、吉田さんはぶっと吹き出した。


「菜月さん…だっけ?なんか良いね、あなた。そこまで幸せ願われるなんて、嬉しいよ。一昨年から回りの人達から貰う言葉は同情ばっかだったけど、…幸せって…久し振りに聞いたよね。前向きにダンナと話し合ってみるから」

「ありがとうございます!」


吉田さんは玄関まで出て、私を見送ってくれた。



急いで会社に帰って見積り出さないと!


夢見心地のまま、小柳さんとの待ち合わせ場所に着いた。

小柳さんはもう車に乗っていて、帰り仕度を始めている。


「どうだった、菜月?……あれ、どうしたのボーッとして」

「小柳さん…これ……」


私は吉田さんの情報を箇条書きにしたメモを見せて、詳しく説明した。


「やっ…たじゃん、菜月!これ、情報としては特Aランクだよ。すぐ会社に戻ろう。菜月のサポートチームを作って、全力でこの吉田さんに当たるから。何としても、結婚式を挙げて貰おうよ、亡くなったご両親の為にも」


そうだ。


本当なら吉田さん達は地元で式を挙げたいだろうけど、それは叶わないんだ。


だったら二人が新しい生活を始めたこの場所から、思い出を刻んでほしい。


夫婦二人の時間がなくても、頑張ってる吉田さん二人のために。



「……はい!」


何としても、幸せになってほしいよ……!