「あ、ピッチャーの人だ。」

4月のある日中学校の入学式だった。
私の通っていた小学校とよく試合をしていた隣の小学校のピッチャーの人。
背が高くて全身を大きく使って球を投げる。
あのスピードには感動して涙が出たこともある。

「隣のクラスなんだー。」

始めは興味も持たなかった。ただ、知ってる人って感じ。
別にかっこいいわけでもない。でも、モテてるって聞いたことがある。
あのピッチングに惚れたのかな。私だけか(笑)
話したことはない。けど、見た目はすごく怖い彼。
上から見下ろされてる感じ。目つきが悪いし。苦手なタイプ。

「香山さーん」
「え、あ、はい!」

びっくりした。噂の彼だ。名前でも聞いてみようかな。
てか、私の名前知ってんだ!

「それ、髪染めてんの?」
「は、はい?」

初めての会話がこんなたわいもない話なんて。なんか悲しい。
私は生まれつき髪の毛が茶色くてよく誤解される。
大人は染めてるかどうかくらいわかるみたいだけど。

「いや、染めてない…。」
「へぇ。」
「あのー、なんで私の名前知ってるの?」
「さっきの入学式で全員名前呼ばれたじゃん。」
「香山ののこさんでしょ。」

あー。聞いてなかった(笑)

「もしかして俺の名前知らない?」

正直に頷いて殴られたりしたらどうしよう…。
怖いなー。どうしよー。

「甲斐洸也。」
「へ?」
「俺の名前だよ。」
「あ、はい。」

わけがわからなくなってきた。この人自己紹介してんの?
でも、よかった。殴られなくて…。名前を知れて。

「か、甲斐くん。」
「洸也でいい。」
「洸也くん…。」

なんでかな、すごく緊張する。
男の子は別に苦手じゃないのに。なんか、この人は怖い。

「洸也でいいってば。」
「あ、うん。」

笑えない。この人の前では。わからないけど、苦手だなって思った。