その後、美月は沖田にフラれたショックで一晩中泣きつづけ、誰一人として側に寄せつけなかった。


ようやく泣き止んだのは明け方近くだった。


彼女は魂が抜け落ちたような顔をして、一人ひっそりと屯所を出て行った。


美月が心配だった月は、それに気づき彼女の後を追いかけた。


いったいこんなに朝早くに何処へ行くつもりなのだろうか…。


まだ、誰もいない朝霧が立ち込める道を歩いて行く。


辿り着いた先は川原だった。


そこは静かで川が流れる音しか聞こえない。


そこであることに気づき、身体がガタガタと小刻みに奮えだす。


美月は誰もいないことを確認し、柳木の木に自分の帯紐をくくりつけた。


そしてゆっくりとわっかになった紐に、首を入れようとする。


「ダメーーーーーっっ!!」


月は慌てて飛び出し、美月を突き飛ばした。川原へ転がり落ちる。


「み、美月さん!」


月は急いで起き上がり、美月に駆け寄る。


「月ちゃん…?」


そこでようやく美月は月に付けられていたのだと理解する。


「まさか、つけられていたなんて、分からなかったわ。」


「なんで、あんなことをしようとしたんですか!?死んだらダメです!!」


「そんなことを言われても、もう私は生きていたくないわ。ずっとあそこへ行く前から想い続けてきた人から、あんなふうに言われるなんて……、辛くて耐えられない…!」


美月の目からポタポタと涙がこぼれ落ちる。


そこでようやく気がつく。


美月は知り合いが新撰組から助けられたと言って、小姓として入って来たのだ。


だが、それから追うように沖田への恋心を見せるようになった。助けられた人は知り合いではなく美月本人であって、助けたのはおそらく沖田で間違いないだろう。


そんなにも想いを募らせ、頑張ってきたのだ。


今更ながらに昨日の出来事が頭に過ぎり、胸がチクリと痛む。


「…それでも、死んだらダメです。死んだらこの先に待っているかもしれない事にも辿りつけなくなります。」


それだけを言うと、美月は泣き崩れた。泣き叫ぶ美月を月は優しく抱きしめた。


今はこうするしかない。


せめてもの慰めになればと思った。


美月はすがるようにして、泣きつづけた。






それからしばらくして、美月は小姓を辞め新撰組を出て行くこととなった。






あの時の行為が慰めとなったか分からないが、少なくとも以前の彼女らしい姿になったとは思う。


部屋の文机には、月宛ての短い手紙と、美月が一番大切にしていた簪が置いてあった。


まるで、叶わなかった自分の想いを月に托すように……。


月はそれを懐へと閉まった。







数日後、朝食の仕度をすませ、皆と一緒にご飯を食べる。


今まで二人でやっていた仕事を一人でこなす月。目の前の開いた席を見た。今にもそこに座っていた美月がにこりと笑いかけてくれそうな気がした。


そんな月を心配したのか、沖田がひょいと月の顔を覗き込んできた。


「きゃあっ!」


驚いて小さな悲鳴を上げる。


「な、なんですか?!」


「さっきから上の空で、全然ご飯食べてないみたいだけど?」


月のお膳に視線を向ける沖田。


「そういえばそうだな。何処か具合が悪いのか月?」


心配そうに尋ねてくる原田。皆も心配そうに様子を伺っていた。


「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけですから。」


「そうだよな。今まで二人でいたのが、急に一人ぼっちになっちゃったんだもんな。そりゃあ、考えちまうよな……。」


「近藤さん、別の奴とかもう入れないのかよ?このままじゃあ月が可哀相だよ。」


「ああ…そうだ…な。」


「あ、私は別に一人でも大丈夫ですよ。」

なんでだろう…。近藤の様子がおかしい。いつもなら、活気があるのに、少し沈んでいるように見える。


近藤だけじゃない。土方も斎藤も沖田も…、少しだけ雰囲気が違う。


まさか……!


嫌な予感がし、沖田の方を見ると、沖田は目を細めて笑う。


ああ、これは……。


また一つ任務が成功してしまったらしい。新撰組のためとはいえ、やはり仲間だった者達が消えていくのは何処か辛いものがあった。


「月。」


「はい。」


名前を呼ばれ顔を上げる土方がこちらを見ていた。


「後ででいい。俺の部屋に来い。」


「はい。」


それだけを言うと土方は引き上げて行った。


「雲行きが嫌になって来たな…。」


お茶をすすっていた原田がポツリと呟く。


「新見をやったのは、一君でしょ?」


「ああ。」


「次は芹沢さんの番だな…。」


辺りが重苦しい空気に閉ざされる。


芹沢についていたほとんどの部下達が、近藤側に自ら寝帰り、今や八木邸の方に身を置いている。




飼い馴らして来た部下達に裏切られ、側近達は死んでいく。


今や芹沢についているのは、部下でも側近でもない世話人だけとなっていた。








朝食を終えて、皆が出て行くと月は後片付けを始めた。


「そういえば、月ちゃん。目の下にクマが出来てない?」


「え?」


まだお茶を飲みながら、その場に残っていた沖田が言った。


「そうですか?」


「もしかして、眠れてないんじゃないの?」


沖田が近づいてきて、そっと顔に手を伸ばしてきた。指先が肌に触れた瞬間に、ビクッと肩が上がる。


「そんなに驚かなくても…。」


「い、いえ…、驚いたわけじゃあ……。」


胸の鼓動が早くなるのが分かる。


あの夜の出来事が頭に蘇る。


『いい加減に気づいてよね。』


確かに沖田はそう言った。


そして、口づけ……。


沖田はあの時のことなどなかったかのように、いつも通りに接してくれる。それはそれで有り難いのだが、あの時の口づけと言葉の意味。


気づいていなかったわけではなかった。ただ、沖田がまだあの夜のことを誤解しているのではないかと、今だに思う時がある。今までに色んなことが有りすぎて、今更沖田とそういう関係になるなんて……。


まだ月は怖くて受け止めきらないでいた。


月が目を逸らしていると、沖田は優しく月の髪に触れ、耳元で囁くように言う。


「この間のおかわりが欲しいとか。」


「!!」


まるで見透かされたように言われ、正直な心臓が飛び出しそうになる。


沖田の方を見ると可笑しそうにクスクスと笑っていた。


「沖田さん…!」


顔を真っ赤にさせながら沖田を怒ると、それがまた可笑しかったのか、よけいに沖田は笑うのであった。


まったく、本気なのか、からかっているだけなのか、本当に困った人だ。








それから、月はお呼びがかかっていた土方の部屋へと向かった。


「失礼致します。お呼びでしょうか?」


「おう、入れ。」


部屋へ入ると土方と斎藤が向かい合うような形で座っていた。月は一歩部屋に入った場所に座った。


「お前に任務をくれてやる。斎藤と一緒に行け。」


「え? 任務って何の任務ですか?」


唐突の事に目を丸くする月。


しかも斎藤と一緒とは…。


本来任務というのは隊士がやるもので、小姓で女がやる仕事ではない。






だから、いつも月はお留守番をさせられていたのだ。


「密偵だ。」


「え?」


「飲み屋を練り歩いている芹沢の動向を探って来い。あれだけの悪評を列なってるんだ。どっかで尻尾を出してるに違いねぇ。それを掴んで来い。」


「でも、わざわざ私を出す理由がありますか?」


密偵だけなら、監察型である山崎、島田、そして幹部の斎藤だけで充分である。


わざわざ場慣れをしていない女の月を出す必要などないはずだ。


「今回の任務は島原とか有名な遊郭が出揃っている花街だ。そんなとこに客でもねぇ男が行くわけには行かねぇからな。お前は顔も割れていないし、女共から情報を聞き出すにはうってつけだ。」


「つまり、それは……。」


「斎藤の女になって、芹沢の動向を探って来い。」


「!」


「外には島田や山崎もいる。何かあったら連絡しろ。それと……おい!平助。例の物を出して来い。」


土方が廊下の方にに声をかけると、不満そうな顔をした平助が入って来た。手には綺麗な女の着物一式が用意されていた。


「これを着ていけ。これなら、花街に行って歩いても、浮くことはないだろう。」


目の前に差し出された綺麗に誂えられた着物。


きっと、前から誂えていた物なのだろう。


任務のためとはいえ、こんな綺麗な着物を着れるとは嬉しいものである。


「……ったく、なんで月と一緒に行くのが一君なんだよ…。」


ブツブツと不服を漏らす平助。


「お前が行ったら、芹沢に気づかれちまうだろうが!」


「うわっ!ひっでぇー!俺だってこれくらいの任務ぐらいならやれるよ!!」


「うるせー!とにかく、今回の任務は斎藤が適任だ。つべこべ言ってねぇで、てめぇの仕事でもしてろ。」


「ちぇーー…。」


仕方なさそうに頭を掻く平助。


確かに、いつも騒がしい平助や新撰組の剣客として腕の立つ沖田では、殺気などであっという間看板されてしまいそうだ。


それに対して斎藤は、いつも気配を消していて忍びらしい忍びの姿をしていて、目立つこともない。


原田、永倉は酒に手を出すので却下。山南も土方達は表だって動くことは出来ない。

したがって、斎藤と月が恋人同士になり、客人のフリをして芹沢の動向を探るのに適しているというわけだ。


「そういうわけだ。斎藤、月、行ってくれるな?」


「はい!」


「承知。」






以前から斎藤に剣を習い、師として仰ぐようになってから剣の腕もそれなりに上達していた。

そして今回、師である斎藤と任務に加わるのだ。


新撰組として斎藤や皆の役に立てることになるなど、願ってもない機会だ。


月は自分の部屋で今まで着ていた着物を脱ぎ、土方が用意してくれた女性らしい綺麗な着物に袖を通して、長く垂らしていた髪を結った。







支度を整え、皆のいる広間へと向かう。


「支度出来ました。」


障子を開け中へ入るや否や、皆の驚いた声や目を丸くしたおかしな表情が飛び込んできた。


「おおっ!」


「こりゃあ、すげえな。」


「べっぴんさんじゃねぇか!」


「月の晴れ着だーー!!」


「やはり、淡い色にしておいて正確でしたね。月さんによく似合っています。」


「山南さんまで…。」


皆に褒められるとやはり何処か気恥ずかしくなってしまう。


顔を赤らめながら視線を皆から外す。


それが沖田のカンに障ったのか、ヤジを飛ばしてくる。


「ふーん、馬子にも衣装って言うけど、本当のことだったんだね。」


不機嫌そうに言う言葉が刺々しい。


前にも見たことがあるため、そう見えても仕方がないと思う。


でも、なぜか胸が少し痛かった。


「とりあえず、斎藤と並んでみろ。」


土方に言われ、斎藤の隣に立ってみる。


「ま、不釣り合いってわけでもねぇが、斎藤の方が地味か?」


「そうですね、若干違和感がありますね…。」


「なんなら、斎藤も着替えてみるか?」


ニシシ笑いをしながら永倉が言うと周りも囃し立てるように笑う。かなり楽しんでいるようだ。


「いや、これでいい。」


ため息を尽きながら答える斎藤。


そう言う斎藤を見ていると、強烈な痛い視線を感じる。


この感じ前にも感じたことがある。


そう、桂と結婚させられそうになった時、まさにこうした状況に感じたものだ。


その視線の出元を見ると、沖田が不機嫌に輪をかけたような怖い顔でこちらを見ていた。


慌てて視線を外す。


「さて、これで後は奴の寝首を掴むだけだ。頼んだぞ、斎藤、月。」


「二人が無事で戻って来るのを待ってるぞ。」


「はい。」


「承知。」


皆に送り出され、それぞれ戻って行く。


月は廊下を歩いて行く沖田を追い掛けた。


「沖田さん!」


「なに?」






冷やかかな視線が送られる。


あの時と同じ目をしている。


「え、えっと……。」


何かを言わなくてはと思うのだが、口ごもってしまいうまく言うことが出来ない。


「桂さんの次は一君か…。月ちゃんってああいうのが好み?」


「ち、違います!」


「なにが違うの?」


「なにがって……。」


「僕がどんなに言っても、何の返事もないし、そのくせに平気でそんな格好や、色目を使うことが出来る。そんなに一君がいいなら、僕じゃなくて一君を追いかければいいじゃん。」


「……分かりました。なら、私が沖田さんと一夜を共にすればいいんですか?」


「え?」


「そうすれば、すべてが誤解だと分かってくれるんですか?」


自分でも分かるどんなことを言い出しているのか。でも、もうこれ以上沖田には誤解されたくなかった。


互いに思い合うだけの関係でもいいと思い、自分の中にあった恋心を封じ込め、口づけをされた時だって……、どんな想いでいたか……。


月は唇を強く噛み締め、溢れそうになる涙をこらえる。


「……それって、僕と床を共にするってことだよね? それが何を意味するか分かって言ってるの?」


「分かってるから言ってるんです!」


「ふーん、なら……。」


いきなり腕を掴まれ、近くの部屋へと引き込まれ、壁に身体を押し付けられる。


「いたっ!」


「それが本気なら、君から口づけしてみてよ。僕と一夜を明かすなら、それくらいしてくれてもいいよね?」


「……!」


真剣な目で月の瞳を捕らえる。


まるで金縛りにでもあったかのように、身体が動かない。


これは違う。


これは月が知っている沖田の顔ではない。自分に好意を寄せ、あの夜に唇を奪った時のものとも違う。


ただ、欲求を満たすだけの男の顔だ。


「沖田…さん…。」


奮える手を伸ばし、沖田の頬に触れる。


今までの感情が溢れるように、涙がポロポロ流れ落ちる。


今、自分の目の前にいるのは、互いの想いを大切にする沖田ではなく、ただの女と遊ぶことだけを望む男。


そう思うだけで涙が止まらなかった。


きっと、綺麗にした化粧は涙でグシャグシャになり、見るにも耐えかねないものになっているだろう。


それでも月はやめなかった。


涙でぼやける視界の中で、沖田の頬を求めるように何度撫でた。


「………もう、いいよ。」





諦めたのか沖田は月の手を自分から離した。


「沖田さん…?」


「もういいよ。早く行きな。いつまでもこんな所にいたら、いくら僕でも何をするか分からないし。抱きたい女ならいくらでもいるから、君はいいや。」


「!」


沖田はそう言うと、月の顔を見ることもなく、その部屋を出て行く。


「沖田さん!沖田さん…!」


その背中に何度も叫んだが、振り返ってくれることはなかった。







気持ちが立ち直る暇もなく、出発の時を迎える。


二人の見送りに近藤と土方が出て来ていた。


「じゃあ、頼んだぞ斎藤。」


「はい。」


「月さんも気をつけてな!」


「はい。」


「では、行こう。」


くるりと踵を返し、玄関を出ようとすると、平助達の賑やかな声が聞こえて来る。


「あ、一君に月。もう行くのか?」


「ああ、お前達は何処へ行く気だ?」


「ああ……それは…。」


「そんなこと決まってんだろ?あれだよ、あれ!新町の方で良いのがいるっていうから……。」


「おっと、新八。それ以上言うなよ?」


そこまで言わせておいて、原田が永倉の口を塞ぐ。


どうせまた、いつものように、遊郭にでも行くのだろう。


ふと、その後ろには沖田の姿もあった。


だが目を合わせてくれない。


「正直に女を買いに行くって、言えばいいのに。」


「なっ!」


「総司!!」



女を買いに行く……?


月の中で思考回路が止まる。何かの聞き間違いだっただろうか…。


「総司、お前も行くのか?」


「今日は非番なんだから、たまにはいいじゃないですか。土方さんもどうです?」


「お前な……!」


人が任務に出かけるというのに、随分と悠長なものである。


永倉や平助達はいつものことだから、あまり気には止めたいが、沖田も行くということに、終始戸惑いを隠せない。


沖田達の声が遠くに聞こえる。


お願い……。


何かの間違いであって……。


そんな願いが次から次に沸き起こる。


そんなことはお構いなしに、沖田は斎藤の隣へとやって来る。


「一君、月ちゃんを頼むよ。ああ見えてかなり初だから。下手な真似をしたら、僕が許さないから、覚悟しておいてね。」


「お前と一緒にするな総司。」


クスクスと楽しそうに笑う沖田。


それを横目で見ながら、いたたまれず斎藤の腕を掴んだ。






「いつまでぼーと立ってるんですか!!さっさと行きますよ!!」


「お、おい!」


「いってらっしゃい。」


月は振り返ることなく、任務へと出て行った。



これから沖田は、今まで自分に向けたことを、いやそれ以上のことを他の女にするのだ。


それがとても辛くて悲しくて、止める斎藤の言葉にも耳を貸さずに、ずんずんと歩いて行った。








一方、月と斎藤が出て行った屯所では、世にも珍しいものを見たと言わんばかりに、その背を見送っていた。


「やっぱ、女の子の前ではまずかったか…?」


「まずいどこじゃねぇし。完璧キレられてるよ。」


「でもまあ、斎藤もついてんだし大丈夫だろ。」


「どうかな。一君は月ちゃんの師匠だし、二人きりになったりしたらまずいんじゃないかな?」


「ああー、それ分かるかも…。今日の月は一段と可愛かったもんな。」


「斎藤はそんなことする奴じゃねぇよ。お前ら遊郭に行くんだったら、さっさと行って来い。」


「あれ?土方さんも行くんじゃないんですか?」


「行かねぇよ。」


つまんないのとフイッと頭の上で腕を組んでそっぽを向く沖田。


「そういやー、左之お前は今日は誰にすんだ?この間の姐ちゃんか?」


「左之さんモテるもんなー!俺はこの間のにしよっと!総司は?」


「僕は天神(最高級遊女)にしようかな?」


「高値狙いだな。銭が無くなっても知らねぇぞ?」


「なに言ってるの。今日は新八さんのおごりでしょ?」


「はっ!?」


「そうだな。今日は新八のおごりってことで、しっかりと飲ませてもらうかな。」


ニヤニヤと笑いながら、戸惑う永倉の肩に手を回す原田。


「よ!新八さん太っ腹!」


「あんま飲み過ぎんじゃねぇぞ!」


土方の忠告を方耳で聞きながら、楽しげに四人は去って行った。









一方、月達は目的地である花街にたどり着いていた。


もちろん部屋には、恋人同士ということで斎藤も一緒である。


外では山崎、島田が見張っているようだ。


夜になるにつれて、花街は活気づいて来る。芹沢はこの奥の座敷をいつも使っているらしいが、まだ来ていないようだ。


「俺は外を見てくる。お前は少し休んでいろ。」


「はい。」


部屋の襖がパタリと閉められる。


窓の外を見ると、周りの店先の提灯がほんのりと明かりを燈していた。






正直、今一人にしてもらって正確だと思う。


今頃、沖田達は違う場所の遊女で、楽しくやっているのだろう。


『いくらでも抱きたい女はいる。』


と、今朝強引に部屋に連れ込まれた時にそう言われたのを思い出す。


いくら誤解をされているからといって、あんなやり方はまずかったと、後悔はするも、沖田のあの言葉には正直、胸をえぐられる思いをした。


今でも傷口がジクジクと痛む。


沖田は永倉や原田達とは違い、女を買ったり女遊びをする性質ではない。


皆で連れだって遊郭へ行く時も、決まって月を隣に置いていたし、皆が酒や遊女を囲っていても、沖田はそれに手を出すことなく、少し酒を飲むくらいで、皆が沈没するのを待つかのように、月の遊び相手をしてくれていた。


だから、自然とそれが当たり前だと思い込んでいたのだ。


奢りかもしれないが、誤解をされる以前から薄々沖田が自分を気にしている、とは分かっていた。


しかし、誤解をされたり喧嘩したり、色々なことをしているうちに、恋とは掛け離れている存在だと気づき、それについては触れないようにしてきた。


まるでそれまでの関係をリセットするように接して来たが、やはり何処かで求めていたものがあった。


沖田は変わらずに冗談を言って、月をからかったりしていじめてくるし、子供のような嫌がらせもしてくる。


でもそんなことをしながらも、いつも優しかった。


会津藩邸にいた時には見られなかったような表情や言動をしてくる度に、困ったり、驚いたり、笑ったり、たくさんのことをして、月と一緒に生活を送ってくれた。


いつだったか、美月が来たのも沖田のおかげだったと思う。


今考えて見れば、本当に長い付き合いだ。それだけたくさんのものを、沖田からもらったということだ。


口づけの時のことを思えば、あれが沖田の本音だったのだと思う。今まで相当我慢して来たのだろう。


だから……あんなふうに言ったのだ。


でも月はそれを受け止めるどころか、はねつけてしまったのだ。


沖田が愛想を尽かして、他の女に走っても文句は言えない。


元々沖田は月のものではないのだから。


だから、自身に言うなのだとしたら、『自業自得』。


ただそれだけ………。


暗闇に染まる提灯を眺めながら、そう考えていた。


「邪魔するぞ。」


すっと襖が開き斎藤が入って来る。


「どうでしたか?」