「お嬢、俺を見て!」


キョウスケの手のひらがあたしの頬をそっと撫で、あたしの頬に流れる何かをそっと拭った。


あたしは目だけを動かしキョウスケを見ると、キョウスケは眉を寄せて、あたしを見る目は黒くてそこには何も映ってなかった。


「そう、そうです。俺を見て。


大丈夫。あなたを壊そうとする男はもういない。大丈夫」


大丈夫、キョウスケは何度も繰り返した。


まるで呪文のように。


「大丈夫、大丈夫です」


キョウスケはあたしの頭をゆっくりと抱き寄せると、そっと撫でた。


分かっている。


本当はもう、あたしを苦しめるあの男はいない。


けれど





苦い過去が、ときどき…ふとした瞬間に、


コーヒーをろ過するように、フィルターを通って


嫌な記憶だけ抽出したように


フラッシュバックして鮮やか過ぎるほどに蘇るんだ。






――――

――

どれぐらいそうしていただろう。


一時間…?もしかしたら一分かもしれない。


すべての感覚が狂っていて、あたしを抱きしめる人が誰なのかも分からなくなったとき






「嵐が来る」






さっきは〝呪文”みたいに聞こえた声が、今度は呪詛のように聞こえた。


「―――嵐…?」


遠くで戒の声も聞こえた。


「ええ。



来る。







嵐が






来る。







一結が予想した通りの」