「この俺にもいろいろあるんだ。」

稲葉先生はふっと悲しそうな笑みをした。




私は思わずベッドに座る先生に抱きついた。


「私何も知らなくて・・・触れられたくない話題でしたよね・・・・・ごめんなさい・・。」


そのとき、稲葉先生の病室へ向かう廊下から足音が聞こえた気がして抱きついた上体を戻す。

これはハイヒールの音。きっと稲葉先生の親戚かもしれない。

もしくは・・・・・石神先生。



「そんな・・大丈夫だよ、早月。」

「でも、石神先生は本当は優しい先生だと思います・・」


「その根拠は?」


「電話で詳しく聞かれたって先ほども言いましたけど、【稲葉先生が事故に遭って、今病院にいるんです。】って石神先生に言ったら、声の様子が変わったんですよ・・・、急に取り乱してるみたいに。
あれは自分の息子だったからなんでしょうね・・・」



「本当にどう思ってるのかはわからないけどな。」


そう稲葉先生が言った時、こちらの病室に向かっていた足音が去って行こうとした気がした。


「そこにいるなら入ってきてください、石神先生。」


私は病室の扉に向かって言った。


「え?」

稲葉先生が驚きを隠せない様子で言った。




「なんでわかったのかしら・・・早月さん」


私と稲葉先生の目に飛び込んできたのは、病室の扉を開けて入ってきた石神先生の姿。


「もうすぐ来る頃だと思っていました。
稲葉先生とじっくり語り合ってください、石神先生。」

私はそう言い残して病室を去ろうと立ち上がる。




「早月さん・・・・あなたにはなにも関係ないことだけれど・・聞いていてくれないかしら・・・。早月さんがいることで稲葉先生と話しやすいと思うの。」

そう言いながら私の腕を軽くつかんだ石神先生の真剣な表情。



それは息子を心配し、病院に駆けつけてきた母親の表情だった。


「私でよければ、ここにいます。」

「ありがとう。」