「伊緒、目開けろ。」
ほぼ0に近いHPを回復させようと目を閉じていると、低い声が耳へと響いてくる。
いや、目を開けろと言われても…正直今は回復に全力を注ぎたいです…。
キスでHPを削られている上に、今先生の顔を見たら何か爆発する気がする。
「もう少しこのままがいいです…。」
なので、ほっといて頂きたい。
とゆうか、その私に覆いかぶさるようにしている体勢をどうにかして頂きたい。
目を閉じていても先生が近いって解る。
「ふーん…まぁ、そのままでもいいけど。」
「え?」
先生にしては珍しく素直じゃ…
「目閉じたままってのも燃えるしな。」
ないっっっっ!!!!!!!!!!!!!!
待たれよ!!!!!!!!!!!
先生の恐ろしい発言を食い止めようと閉じた目を開く。
すると、その瞬間を待っていましたといわんばかりの先生と視線がぶつかった。
「……………。」
「―――――っっ」
この瞬間を待ったいたはずなのに、先生は私に何も言わない。
緊張だけが空間を流れていき、息が詰まっていくのが解る。
あぁ、何かこの感じ久しぶりかも。
最近はお互い忙しかったから、こんな風に目を見ることが少なかった気がする…。
「やっとこっち見たな、伊緒。」
「…先生の強引さに負けました。」
「ふはっ、何だそれ。」
「…ふふふっ、今日も私の負けですね。」
「当たり前だろ。俺に勝つのはまだまだ早い。」
緊張はするけど、先生とこうやって笑い合う時間は心地が良い。
暖かくて、ずっとこうしていたいと思える。
「伊緒、今日送ってかなくてもいい?」
「え?あ、先生も忙しいですよね。私なら大丈夫…」
「違う。」
「え……んっっ」
不思議そうな顔をする私に少し苛立ったのか、先生の唇が強引に重なってきた。
「……帰したくないってことなんだけど。」
「―――っっ!!!!!」
「もう返事聞かないからな。」
「ちょ、ま、せっ…!!」
さっきまでの心地良い空間が、先生の手によって違うものへと変わっていく。
あぁ、しばらくの間は先生を怒らすのはやめよう……。
――――――――――――………
「伊緒ちゃん、これ3番ね。」
「いおちゃーん、アイスコーヒー1つ。」
「すみませんお会計いいですか?」
最近、季節が移り変わり、暑い日が多くなって参りました。
お店に来るお客さんの服装も、半袖の方が増えてきました。
そして、心無しか、暑い日が続くにつれ、お客さんの数も増えてきているように感じます。
とてつもなく忙しい時なんかには猫の手も借りたいとは、まさにこのことでしょう
…………でも、
「伊緒ちゃん、今日からアルバイトの子入るからね。色々教えてあげてくれる?」
「え、バイトですか?」
………でもでもでもでも、
「毎年この時期に短期のアルバイトの子雇ってるのよ。今年は伊緒ちゃんがいるから大丈夫かと思ったんだけどね、やっぱり人手も多い方がいいかと思って。ほら、お休みとかも取りやすいでしょ?」
「そうそう。…お、噂をすれば来たな。」
「え………あの人…ですか?」
「えぇ、そうよ。」
「…あ、はじめまして、本日からこちらでお世話になります田所健太です。」
こんな展開は望んでいなかったのです…。
「あら伊緒ちゃん、この前お願いしたの忘れてた?」
「え、お願い…?」
あ、あぁぁぁぁー……そういえば、この前2人が先生の家へ遊びに来た帰り際、『今度お願いがある』とか言ってたような…。
そうか、そのお願いというのはアルバイトの教育だったのか。
この前までは何だろうって気にしてたのに、この忙しさですっかり忘れてたな。
「伊緒ちゃん、田所君のことお願いしても大丈夫かい?」
「あ、はいっ、頑張りますね。」
日頃からお世話になっている2人のお願いを断る訳にはいかない。
それに、私としても人手が増えるのは嬉しいし、教えるのは嫌という訳でもない。
ただ、ただっっ!!!!!
「じゃぁ田所君、後は伊緒ちゃんに何でも聞いてね。」
「はい、解りました。」
私の中ではこの人物が問題なんだよっっっっ!!!!!!
何で、何でこの人物がここに来るんだ!!!
「………。」
「………。」
とはいっても、今は営業中であってこのまま黙っている訳にもいかない。
お店の状況としては一人でも多く増えるのは嬉しいことだし、一日でも早く独り立ちしてもらわねば。
「た、田所さん…片瀬です。宜しくお願いします。」
「…はい、お願いします。」
「レジ打ちや接客方法はお客さんが引いてからお伝えします。今は帰られた席の片付けをお願いします。私は店内のどこかに必ず居ますので、何かあったら声をかけて下さいね。」
「はい、了解です。」
では、と田所さんに軽く会釈し、私は厨房へと足を向ける。
「あ、あのっ」
が、方向転換をした私の手を田所さんが掴んだことにより行く手が阻まれる。
その瞬間、急に掴まれたことに対する驚きと、記憶の中にある感情が蘇り心臓が飛び跳ねる。
「…覚えてないですか?俺…「いおちゃーんっ、ドリンクお願い!!」」
「あ、はいっ!!今すぐ行きます。」
勇二さんの声に驚いた隙に、彼の手を軽く振り払う。
「……じゃ、また後で。さ、さっきお願いした片付けお願いしますね。」
「はい…。」
二人の間に何とも言えない微妙な空気が流れる。
意識しているのも覚えているのも私だけだと思ったけど…さっきの彼の発言で確信した。
『覚えていませんか?』
彼も、あの日のことを覚えている。
あのスーパーで会った日のことを…。
「伊緒ちゃん、これ鈴木さんのテーブルに頼むね。」
「はい。」
「こら、仕事中だよ。そんな怖い顔はやめなさい。」
「あ、え…すいません…。」
「はははっ、後でカフェオレを淹れてあげるから。もう少し頑張ってな。」
「っっはい!!!」
勇二さんの優しさと笑顔に心が癒される。
そうだ、今はとりあえず仕事をしよう。
そして、時間がきたら彼と話しをしよう……あ、あと先生にも話さなきゃ…。