先生と教官室3~沢山の初めて~






「すみません、少しいいですか?」





「はい、大丈夫ですよ。」





わざわざ俺に断りを入れてから電話に出る姿を見て、また冨田先生の丁寧さや大人な雰囲気を感じる。





人としての基本が当たり前にできるって、こんなにも格好いいんだな…うん、俺も見習おう。





激しく振動している携帯の画面に触れ、冨田先生は少し急ぐようにして電話にでた。





「もしもし麻椿?どうかしたのか?」





『あ、お父さん!!まだお仕事中?』





「ん?永愛か?仕事は終わったけど…。」





『そっか、お疲れ様!!』





「あぁ、ありがとう。」





やべぇ、なんだこの幸せな会話は。





静かな空間からか、冨田先生の電話の音量設定が大きいからか、電話の会話がほとんど耳へと入ってくる。





どうやら電話の相手は奥さんではなく、先ほど話していた中学生の長女さんのようだ。





まだ幼くて高い声が静かな空間によく響いている。





『あのね、お父さん。今日お母さんが帰りにケーキを買ってきてくれたの。それで、明日は休日だし遅くなっても大丈夫だから瞬輝と起きて待っててもいい?』






「え?」






『最近お父さん忙しくて晩御飯一緒に食べれないことが多いでしょ?だから、お父さんが疲れてなかったら、ケーキ…一緒に食べたいなって…思って……。』















表情筋が緩むのが解る。





俺のも、冨田先生のも。





「あぁ、一緒に食べよう。頑張って早く帰るな。」





『うんん、ゆっくりで大丈夫だよ。気を付けて帰ってきてね!!』





どれだけ疲れていても、子供にこんな可愛いことを言われたら全て吹き飛んでしまうだろうな…。





現に、冨田先生すごく幸せそうな表情してるし。





『もしもし?』





「あぁ麻椿か。ケーキ、ありがとな。」





『うんん、いつも貰ってばかりだから。永愛と瞬輝も待ってるけど、幸穂も起きて待ってるよ。今日お昼寝しすぎたみたいでまだ起きてるの。だから、寄り道せずに帰ってきてね。』






「麻椿じゃないんだから寄り道なんてしないよ。」






『あ――、そんな風に意地悪言うなら先生の分のケーキ食べるからね。』






「あはは、冗談だよ。直ぐ帰る。じゃぁ、車乗るからそろそろ切るな。」






『うん、解った。気を付けてね。』






それからもう一度『また後で』と言って電話を切った冨田先生。






電話の会話を勝手に聞いてしまったという罪悪感もあったが、それを上回るような幸せな気持ちが俺を包む。






「すみません、音量設定がでかかったみたいで…全部聞こえてましたよね。」






「…そうですね。すみません、僕もつい聞き入ってしまって。良いご家族ですね。凄く幸せそうです。」















電話の会話を聞いて思ったことは、ただいいなっていう憧れの気持ち。






こんな家族になりたい、ただそう思った。






「そうですね、今の家族があるのはきっと妻のお陰でしょうね。」






携帯を鞄にしまいながら、冨田先生は車の鍵を取りだす。






それを見て、自分も車の鍵を取りだそうと鞄に手を入れた。






「あ、そういえば…冨田先生って奥さんにまだ先生って呼ばれているんですね。」





「えっ……。」





「さっき思いっきり言ってましたよ?」






「あー…あはは、名前で呼ぶように言ってるんですけどね。たまに油断すると出てしまうみたいなんです。何でも先生っていう呼び方が癖になってるらしくて。あ、もしかして片瀬さんもそうなんじゃないですか?」






「はい。僕も名前で呼ぶように言ってるんですけど、いつまでたっても先生ですね。」







「まぁ、先生って呼ばれるのも悪くないんですけどね。ただ周りの視線が気になるだけで。」






「あはは、そうなんですよね。その通りです。」






冨田先生と奥さんのように何十年の付き合いでも直らない癖なら、きっと伊緒も直らないだろうな。





まぁ、二人きりの時なら別にいいか。






「じゃぁ甲田先生、僕はここで失礼しますね。」
















車の前へとつき、冨田先生は俺に会釈をした。






「また時間があれば片瀬さんと家にでも遊びに来てください。きっと、妻も喜びます。」





「え、いいんですか?是非お願いします!!」





「はい、じゃぁまた月曜日。」






「あ、あの冨田先生。」






「はい?」





ドアを開ける冨田先生を一度だけ呼び止める。





すると、不思議そうな顔をした冨田先生が動きを止めて俺を見た。






「これからはもっと今日みたいにお話しがしたいなと思ったんですが…失礼でなければよろしいでしょうか?」






俺の突然の発言に、冨田先生の表情が不思議そうな顔からキョトンとしたものに変わるのが解る。





やばい、やっぱり言うんじゃなかったな。






無駄に緊張してきた。






「ははは、僕なんかでよければ是非お願いします。」






「え……。」






「あ、でも一つだけ条件を出してもいいですか?」





「は、はい…可能なことでしたら。」





「じゃぁ、他の教員がいない場所では僕は敬語無しで話しますね。」





「へ?」






敬語なし?それが冨田先生の条件なのか?















「いやー、たまには敬語使わず話したかったんですよね。なので、この条件を飲んでくれるならいいですよ。」






ニヤッと俺を見て笑う冨田先生は、どことなく自分に似ている気がした。





あ、でもこんな格好いい人と似てるなんて思ったら失礼か。







「条件、喜んでお受けします。お願いします。」






ニヤッとしている冨田先生に軽く頭を下げる。





すると、そんなにしなくてもと言いながら笑う声が聞こえた。





「僕も今日、甲田先生と話せて楽しかったです。家族のことを話す機会もそうそうないですからね、聞いて頂けて嬉しかったですよ。」






「そう言って頂けると嬉しいです。」






「また、ゆっくりと話しましょう。飲みにでも行きましょうか。」






「はいっ!!」





「あ、その時は進藤先生もお呼びしましょうか。彼も僕達と同じ雰囲気がしますし。ね、甲田先生?」







「あははは、進藤先生に話しておきます。」






「お願いします。じゃぁ、そろそろ失礼しますね。」






「はい、呼び止めてしまってすみません。」






俺の言葉を聞いてから軽く会釈をし、車へと乗り込みエンジンをかける。






そして、






「じゃぁ気を付けてな、片瀬さんに宜しく。」






と言い残してから冨田先生は学校を出て行った。






敬語じゃない冨田先生を見るのは新鮮で、その姿を俺だけに見せて貰えたのは信頼されているようでどことなく嬉しくなった。






冨田先生、帰ったら家族とケーキ食べるんだったっけ…。






「いいな……。」






本当なら俺も帰ったら伊緒と晩御飯を食べる予定だったんだけどな…。







冨田先生の家族の話しを聞いたからか、疲れがたまっているのか、何だか無性に伊緒に逢いたい。






でも、疲れているだろうしな…今日はグッと我慢して、明日の夕方にでも喫茶店へ逢いに行くか…。


























――――――――――………




バタンッ






「ふぅ…やっと帰ってきたな…。」






冨田先生と分かれて直ぐに車へと乗りこみ、やっとの思いで家へと帰宅したのはいいが、時計は既に22時30分を指していた。






家に着いたら伊緒に電話しようと思ってたけど、明日の朝にした方がいいか。






いやでも、今から飯食って風呂入ってとしていたら寝るのは0時を軽く超えるだろうから、朝起きれる自信はないな…。






あれ、伊緒って明日何時から仕事って言ってたっけ?






俺が休みで、伊緒は昼からだからお泊りをしようって言ってた気がするけど…うーん、覚えてないな。






伊緒にいつ電話をしようかと考えながらも車の鍵を閉め、エレベーターへと向かう。






流石に夜の22時ということもあり、マンションの駐車場やエントランスには人影はみられない。






静かな空間とエレベーターの音だけが、ただ耳へと響いてくる。






「あぁー、どうするかな…。」


























伊緒の声が聞きたい。





話しがしたい。





今日あった事件のことも説明したいし、冨田先生とのことも聞いて欲しい。





伊緒の仕事の話しだって聞きたい。





でも、本音を言えば、電話じゃなくて今すぐ会いたい。





会って、それから伊緒の笑顔が見たい。





そして、もっともっと本音を言えば、思いっきり抱きしめてキスがしたい。





自分でも考えてることが変態ぽいとは思うけど、伊緒のことになるとどうしても止まらない。





最近はお互い忙しくて会えてなかったことも原因かもしれないな。





とりあえず電話は明日の10時くらいに一度かけることにし、自分の中で気持ちの折り合いを付ける。





「はぁ……冷蔵庫、何があったっけな…。」





そして、気を紛らわすかのように今からの晩御飯のことを考えてみる。





晩御飯は何を作ろうか…いやでも、今更作るのは正直面倒くさい。





でも、お腹はめちゃくちゃ減っている。





うーん、こんなことならコンビニで買ってくるんだったな…。




















エレベーターを降りて部屋の前まで歩き、鍵穴へと鍵を差し込む。





そして、鍵をあけてからドアノブへ手をかける。





なんでだろうな、疲れている時ってこの工程全てが面倒くさく感じる。






無理とは解っていても、何もせず通り抜けられればいいのになとも思ってしまう。






ドアノブをひねり、重たいドアをゆっくりと引いていく。






すると、開いたドアの隙間から光が差し込んできた。






あれ、明るい?





今朝電気消し忘れたか?





いやでも、朝は電気つけないはずなんだけど…出かける時にあたったか?






急な光に沢山の疑問が頭をよぎりながらも玄関へと足を進めると、次の瞬間何かいい匂いが鼻をかすめた。





「え……。」





もしかして……。





良い匂いから連想できることは一つしか思い当たらない。





高ぶる気持ちを抑えながら玄関を見渡す。





うん、やっぱりそうだ…明らかに俺のじゃない靴がある。





とゆうことは、とゆうことなんだなっ!?

















靴を脱ぎすてて光がある方へと足を進める。





「伊緒…?」





今日は逢えないと思っていた。





話せないと思っていた。





そう思っていたのに…。





俺の目には、ソファーで眠る伊緒の姿がうつっていた。






今日は来なくていいって言ったのに、わざわざ来てくれたんだな…。






しかも、机の上の様子を見ると、夕飯も食べずに待ってくれていたんだろうな…。






「これは反則だろー……。」






伊緒のこういう優しいところ、たまらなく可愛くて、愛おしく感じる。






俺のためにここまでしてくれるんだなぁって嬉しくもなる。






あぁー…やべぇわ、抱きしめたい。