先生と付き合い始めたのは高校一年生の16歳の時。
そして、私は今18歳で、今年19歳へとなる。
先生と付き合い始めてから約3年の月日が流れようとしている。
何度もデートをしたし、旅行には行けてないけど家でのお泊りもしている。
手も繋いでるし、キスもしている。
でも、一つだけまだやっていないことと言えば…あれだけ、だよね…。
周りのカップルが次のステップへとどんどん進んでいくなか、私と先生だけはキス止まりで、一度もしたことがない。
大人の先生は子供の私の為に3年間もの間ずっとずっと待っててくれているんだよね…。
そう思うと、改めて自分がとても大切にされているんだなってことを実感する。
「せんせ……。」
もう、我慢しなくていいんだよ。
怖いけど、不安だけど、先生とだったら乗り越えられる気がするから。
だから、先生の好きなようにしていいんだよ。
なんて、そんなことは自分からは言えないけどね。
「よっしゃ、頑張るか。」
とりあえず、今は先生の晩御飯のことだけを考えよう。
――――――――――――……
「甲田先生、お疲れ様でした。」
「あぁ、冨田先生…お疲れ様です。お互い大変でしたね。」
「ははは、そうですね。まぁ明日は休みですし、今日はもう帰って寝ますよ。」
「そうですね、僕もそうします。」
新学期が始まってから二ヶ月、やっと落ち着いてきたと思った時に起きた一つのアクシデント。
それは高校生ならよくある男子高校生同士の喧嘩で、今回は中々生徒同士の気持ちが落ち着かず、その場を収めるのだけでも時間がかかった。
その場を収めた後も大変で、生徒の話しをそれぞれから聞き、説教をし、話し合いをさせ、となんやかんや時間がかかった。
そして、生徒達を帰してからは喧嘩の詳細を書類にまとめるのに大分時間がとられてしまい、全部が終了したのは21時を少し過ぎた頃だった。
「もう21時か…帰ったら22時過ぎるな…。」
時計をみながら小さくそう呟いた冨田先生の表情は、少しだけ寂しそうに見える。
喧嘩をした生徒の一人は俺が担任をもっているクラスの奴で、もう一人は冨田先生のクラスの生徒だった。
その為、他の教員が帰るなか二人で書類を作成し、こんな時間まで残るはめになったのだ。
確か…冨田先生って結婚してたよな…。
冨田先生は数学を担当しているベテランの先生で、年齢は40歳くらいだと聞いたことがあるが、見た目はどう見ても30代前半の長身イケメンである。
話し方がとにかく丁寧で、後輩の俺に対しても敬語で話してくれる。
そして、なんといっても優しくて面倒見のいい先生で、生徒や教師関係なく誰からも好かれている先生である。
まぁ男の俺から見ても良い男なんだから、女子生徒からしたらアイドルのような存在だろう。
「甲田先生、宜しければ駐車場までご一緒にどうですか?」
冨田先生のことをずっと見ていると、先生は俺の視線に気が付いたのか、先ほどまでの寂しい顔を消し、俺に微笑みながら話しかけてきた。
「あ、はいっ、お願いします。」
先生からの提案に慌てながらも返事をし、急いで帰り支度をする。
そういえば今まで冨田先生とゆっくり話したことなんてなかったな…。
書類作りとかで何度か一緒に仕事はしてるけど、それ以外に関わったことはなかった気がする。
「じゃぁ、行きましょうか。」
「はい。」
俺の帰り支度が整ったことを確認すると、冨田先生は職員室の扉へと歩き出した。
職員室の電気を消し、鍵をかける。
鍵を閉めた後に改めて時計を見ると、時計の針は21時20分に差し掛かるところだった。
まさかこんなに遅くなるとはな…伊緒に電話しといて良かった。
もし連絡しなかったら、喫茶店で何時間も待っていてもらうことになってたな。
「甲田先生のご自宅はここから遠いんですか?」
薄暗い廊下を歩きだすと、冨田先生の方から話しかけてくれた。
「あー、そうですね…車で1時間位ですかね。冨田先生はご自宅までどれ位なんですか?」
「似たようなもんですね。本当はもう少し近いと嬉しいんですけど。」
冨田先生はそう言って笑いながらもう一度時計をみる。
そういえば、さっき時計見ながら寂しそうな顔をしてたような…。
何か急ぐ用事でもあったのか?
「あの、もしかして今日何か約束事でもあったんですか?」
「え?」
「あ、急にすみません。先ほどから時間を気にされていたので何かあったのかと思いまして…。」
質問をしてからプライベートなことを聞いてしまったことに気づく。
進藤先生に聞くならまだしも、あまり関わりない冨田先生に聞くなんて…やらかしたな。
「ははは、そんなに気にしてましたか?自分では気づかなかったなぁ。」
「…………。」
俺の失礼な質問に対して嫌な顔をせず微笑む冨田先生。
その姿を見て失礼だと思われなかったことに安心したのと同時に、もっと冨田先生と話しがしてみたいと思った。
ただの俺の勘だけど、冨田先生はきっと裏表のない良い人だ。
それにどこか暖かいというか…関係は深くないのに話しや相談をしてみたくなる雰囲気をもっている。
「実は、恥ずかしながら最近子供が産まれましてね。」
「え、そうだったんですか!?おめでとうございます!!」
「ははは、ありがとうございます。多分、時間を気にしていたのは子供が起きている間に帰りたかったなと思っていたからじゃないですかね。いやー親バカみたいで恥ずかしいですね。あははは。」
薄暗い廊下の中でも解るくらい優しく微笑む姿が目にうつる。
あぁ、良い父親っていうのはこういう人のことを言うんだろうな…。
「それに、一緒に晩御飯食べながら家族の話しを聞くのが好きなもので…今日はそれが出来なくて無意識のうちに寂しいと思ったのかもしれません。」
俺の失礼だと思われた質問に対して真剣に答えてくれる冨田先生。
そして、その答えから伝わってくる冨田先生の家族への想いに胸が暖かくなる。
「あ、急にこんな話しされたら気持ち悪いですよね。」
「いえ、そんなことありません。もっとお聞きしたいくらいです。」
こんなにも誰かを想えるのはとても凄いこと。
それを当たり前のようにしている冨田先生は本当に凄い人なんだと思う。
職員室前の長い廊下を歩き終えてから、ゆっくりと階段を降りて行く。
いつもは長く感じる駐車場までの道が今日は特別短く感じる。
冨田先生と話す時間の終わりが刻々と近づいてくる。
「あ、そういえば、甲田先生?」
「何ですか?」
階段を先に降りていた冨田先生が急に俺の方へと顔を向ける。
「甲田先生こそ大切な方と何かご予定があったんじゃないですか?」
「え…。」
驚く顔をする俺に追い打ちをかけるように、冨田先生はニヤッと表情を変える。
「気づいていないと思いますが、甲田先生も書類書きながら何度も携帯を確認してましたよ。大切な方からの連絡をお待ちだったんじゃないですか?」
「………あー、はは、そうですね。」
冨田先生に言われるまで全然気が付かなかった。
1・2回は時間を知りたくて携帯を見たとは思っていたが…まさかそんな頻回に見ていたとは…。
もしかして、俺は無意識のうちに伊緒からの連絡がくるのを待っていたのか?
泊りをやめるように言ったのは自分なのに、本当はどこかで伊緒に来て欲しいと思っていたのかな…。
「………もしかして、お付き合いされている方ですか?」
「あ、はい…恥ずかしながらそうです…。」
「えっと確か……あぁ、片瀬さん、でしたっけ?」
「はい、そうなん……っっえぇ!!!??」
静かな学校に俺の大きな声が響く。
そしてそれと同時に俺の目は大きく見開かれ、さらに進んでいた足は止まっていた。
「な、ななななんで、相手が片瀬って……」
「あはは、驚きました?」
そりゃあ驚きますよ。
俺は周りの教員に付き合っていることも、まして相手が伊緒であることも話したことは一度もない。
進藤先生以外知るはずがない俺と伊緒の関係を冨田先生が知っているなんて…。
「実は、片瀬さんが在学している時からお二人の関係は知っていましたよ。」
「えっ……。」
「あぁ、大丈夫ですよ。僕以外の教員は気づいていないと思いますから。あ、進藤先生は知っていそうですけどね。」
「…………。」
すごい、すごすぎるぞ冨田先生。
さっきから話していること全てが正解しているじゃないか。
もはや図星すぎて怖くなってきた。
「あの、なんで僕たちのこと解ったんでしょうか…?」
伊緒が在学中確かに二人で会ったりはしたが、それは全て教官室でのこと。
数学教員の冨田先生が立ち寄ることは年に1・2回あるかないか程の場所である。
その他の場所では目立ったことはしていないと思うんだが…それなのに何で…。
「まぁ簡単に言うと、二人の間の雰囲気だけ周りと違ったといったところですかね。」
俺達の間の雰囲気…?
それだけで関係性が解るって…冨田先生はエスパーか探偵か何かか?
「そんなに特別な雰囲気でしたか?」
もはやバレてしまったものは仕方ないと開き直って質問をする。
すると、冨田先生は再び階段を降り始めながら口を開いた。
「特別というわけではないですよ。…ただ、似ているなと思って。」
「え?似ている?何にですか?」
「……昔の僕と妻の雰囲気にですよ。」
昔の僕と…妻?
え。
え、えぇぇ、ちょっと待て。
「と、冨田先生の奥さんって、生徒だったんですか?」
「えぇ、そうです。まぁそれだけじゃないんですけどね。」
「えぇぇぇ。そ、そうだったんですね…。」
てっきり奥さんは同級生とか職場の教員とかだとばっかり…。
進藤先生を除いて、こんなまじかに生徒と関係をもっている教師がいたとは。
まして結婚して子供まで……。
「二人の関係に気が付いた時は驚きましたよ。でも、口を出そうとは全く思いませんでした。」
先ほどからの衝撃発言に呆気にとられている俺に、冨田先生は話し続ける。
「まぁ恋愛は自由ですしね。僕自身も昔、同じ立場であったこともありますが。それと……」
「それと?」
「お二人の様子からとても真剣な関係だということが伝わってきたので。一目見ただけで、お互いがそれぞれのことを大切に想っていることが直ぐ解りましたよ。なので、僕は何も言いませんでした。
「――――っっ。」
今までそんなことを言われたことが無かったからか、いきなりの発言をくらった驚きからか、胸の鼓動か激しく振動していくのが解る。
まさかあまり関係をもったことがない冨田先生にここまで見破られていたとは。
これ、伊緒に言ったら驚くだろうな…。
いやでも、伊緒と冨田先生って面識あるのか?
「甲田先生?」
「あ、はい…なんですか?」
「ご結婚はいつごろされるんですか?」
「うえぇっっ??!」
「ふっ、あはははは。甲田先生って以外に表情か変わる方だったんですね。てっきりもっとクールな方だと思っていましたよ。」
階段を降り終えて再び長い廊下を歩きながら、冨田先生は声を出して笑う。
そういう冨田先生は想像以上に笑われる方だったんだな…てっきり、冷静沈着であまり笑わない人だと思っていた。
「で、甲田先生。どうなんです?」
笑っている表情はそのまま、俺の方に視線だけ向ける冨田先生。
その姿は男からみても格好良くて、また、全てを見透かされているみたいで嘘はつけないなと一瞬で感じた。