いつも、「開けるときはノックをしなさい、失礼でしょう」と叱られるので、今度もそうだと思っていた。でも、ついつい海を困らせたくて……恋心の裏返しである。

これからはノックしたほうがいいのかな、と思いつつ……愛子は襖を開けた。


仮の住処ということもあり、荷物は少ない。

でも、今日はどことなく雰囲気が違った。


「ねぇ、お母さん、カイは? まだ帰ってないの?」


大きい声で尋ねる愛子に、母は信じられないことを口にした。


「海くんなら出て行ったわよ。だから、一日早く帰って来たんじゃない。なんでも、出生がわかるかもしれないんですって。妹さんに会えるかもって言うんで、ここを出たいけど、愛子ひとりにはできないから早く帰ってくれって。ねぇ、お父さん……昨日、電話があったんですよね?」

「ん? ああ、だったら私が家に戻るから、早く会いに行って来なさいって言ったんだ。でも、まさか東京に出て来てわかるとはなぁ。おっ、明日から塾の往復は父さんが付き添ってやるからな、心配せんでいいぞ」


愛子は頭がクラクラした。

海は「愛ちゃんが好きだよ」と言ったときにはもう、家を出て行くことを決めていたのだ。

アレは、さよならの意味だったのだろうか?

海はいったい何をするつもりなのか?

そして、どこに行ったのか……。


その夜、愛子は初めて「誰かを思い、一睡もできない」という経験をした。