「貴様の傷……動脈を貫いたはずが、えらく簡単に血が止まったものだ。流れる獣の血ゆえか? 貴様の父のせいで、母は巫女から引き摺り下ろされた。そして、私を産んだ二年後、その身を恥じて命を絶った! 罪は貴様も背負うべきだ。本物であったときはその首、私がもらい受ける!」


朔夜はそう吐き捨てると、本堂に向かって歩き始めた。裏手から出るつもりらしい。蓮はすぐにあとを追おうとしたが……。海と愛子のもとに引き返してきた。


「借りは返した。貴様が何者か俺にはわからん。仮に、朔夜様の言うとおりであったとしても、変化せぬなら人と同じだ。だが、もし貴様が獣化したときは……俺は貴様を殺す」


そして愛子に向き直り、


「おい、もう一度朔夜様に手を上げたときは……女でもただでは済まさんぞ。いいな」


言うだけ言って去って行こうとする。


「ちょっと待ちなさいよ! あんたの大事な“朔夜様”に伝えなさい。カイがどんな血を引いていたとしても、どんな伝説があっても、産まれたばかりの赤ん坊を殺すことに、正当な理由なんかない! カイが背負う罪なんか一個もない!ってね」


愛子はそう叫ぶと蓮に指を突きつけた。


蓮は愛子の言葉を聞き、薄く笑った気がした。見間違いかもしれないけど。


「……カイ……」


海は雷に打たれたように動かない。ただ一点、朔夜の消えた暗闇を見つめている。


息苦しいほどの、湿気を含んだ熱帯夜を思わせる風が、静寂に包まれた境内を吹き抜けて行くのだった。