愛子は忽然と立ち上がり、朔夜を睨むと目の前まで歩いて行った。 


そのまま右手で朔夜の頬を引っ叩く。

派手な音がして、朔夜の頬には赤い手形が残った。


「あんた何様のつもり!? カイはずっとわたしのことを助けてくれたわ。わたしだけじゃない。誰かのためにって、いつだって命懸けで戦ってるのよ。そんなこともわかんない訳? カイを殺すなんて、わたしが許さないんだから!」


愛子の瞳が見る見るうちに潤み、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「海殿と言ったな。傷の手当てをしよう」


蓮は海に手を差し伸べるが、海は自分で立ち上がった。


「いや……もう、血は止まった。大丈夫だから。……助けてくれてありがとう」


ふわっと、胸に灯りが点るような笑顔を見せた。この場にいる全員が怒りと動揺で、とても笑える状況ではないのに……海は笑うのだ。

しかし、その凪いだ海(うみ)のような笑顔にも、朔夜の心は動かないらしい。


「カイ、あんた本当に大丈夫なの? 凄い出血だよ」

「フン! あの男の血を引くこいつには、大した怪我ではなかろう」

「あんたがやったのよ! 警察に突き出してやるから!」


再び睨み合う愛子と朔夜の間に立ち、海は傷を負ったときより痛そうな顔を見せる。