教室に戻った二人を待ち構えていたのは、担任の遠山を筆頭としたクラス中の好奇の目だった。
「すみません、遅れて」
「どこ行ってた?」
「ちょっとお弁当を受け取りに」
志保から受け取った弁当箱を掲げて「あはー」と笑う明治を、遠山はそれ以上問い詰めはしなかった。
何も気付いているのは淳也ばかりではない。去年から持ち上がりで担任になった遠山とて、触らぬ明治に何とやら…だとわかっている。
「そうか。なら二人とも席に着け」
促され、二人揃って席へ向かう。
明治が腰を下ろした途端、振り返った淳也が何か言いたげな視線を寄越した。
「説明しろって?」
「わかってんじゃん」
「じゃあお前もわかってるよな?」
「ヤダって言うんだろ、どうせ。あーあ。俺は除け者かよ」
「そう拗ねるなって。弁当交換してやるから」
弁当箱を押し付け、明治はとびきりの笑顔を作る。それに「うっ…」と呻いた淳也は、その弁当が誰から渡された物なのかを知っていた。
「いいのかよ、これ…」
「別にいいよ。志保の作ったものなんかいつだって食べられるし。俺は、ね」
「はいはい。そーですか」
ご丁寧に両手でそれを受け取った淳也に、今度は麻理子が身を乗り出して声を掛けた。これは珍しい…と、明治も耳を澄ませる。
「ジュン、危ないわよ」
「は?」
「それ、あの魔女が作ったんでしょ?だったら危ないわ」
真剣な眼差しでわけのわからないことを言い始めた麻理子に、淳也は首を傾げたまま固まった。その様子にプッと噴き出したのは、他でもない明治だ。
「笑ってないでアキも言ってやんなさいよ」
「そうだね。ふふっ。危ないかも」
「え?何?俺、全く話わかってねぇんだけど」
コソコソと話す三人に視線を向け、遠山がゴホンッと咳払いをする。それに逸早く気付いた明治は、トンッと淳也の肩を押して前を向くように促した。
「ってことで、文化祭の配役はこれで決まりな」
コツコツと黒板にチョークを当てる遠山と、そのチョークの先をじっと見つめる生徒達。思わず声を上げたのは、普段から「冷静」で通っている明治だった。
「どした?佐野」
「えっ…いや…」
「お前がこの役をするのは、作者の希望だからな」
「いやっ、俺はいいんですけど…」
言葉を濁した明治は、不思議そうに首を傾げている麻理子をチラリと見遣った。
「何?」
「主役だよ、マリー」
「主役?」
「そう。文化祭で英語劇をやるんだ。その主役が俺と君」
「ふぅん」
興味ないわ。と言わんばかりの麻理子の反応に、明治は再度黒板を見直して演目名の確認をした。
「悪魔…か。まぁた悪趣味だな、あいつ」
そう呟いた明治は、この台本の作者を知っていた。
「あれ、もしかして三井先輩作?」
「ったく…先生にも困ったもんだよ」
昔から、志保は読書家だった。将来は文学博士にでもなるのではないかというほど色々な本を読み漁り、そのうちにそれでは物足りなくなったのか、自分で物語を書くようになった。その才能に目を付けたのが、入学当初志保の担任をしていた遠山で。
「というわけだ。これ台本だからよろしくな、佐野、楠」
中学生の文化祭程度の脚本だけれど、その全てのセリフを英語で演じるとなればそれなりに苦労する。ふぅっとため息をつく明治の隣で、麻理子は楽しそうにページを捲っている。ご機嫌に、鼻歌を歌いながら。
「ご機嫌だね、マリー」
「日本語よりこっちの方が読み易くていいわ」
「まぁ…そりゃそうか」
海外育ちの麻理子には、やはり英文の方が親しみがあるのだろう。ふんふんと楽しげにリズムを取りながら、まるで歌でも歌うかのように小さな声でセリフを流し読んでいた。
「心配ないわ。これならアタシが教えてあげられる」
「あっ…うん」
明治自身英語は苦手な方ではないけれど、やはり海外育ちで流暢な英語を話す麻理子相手ではわけが違う。共に主役を張るだけに、これは相当練習しなければ…と、明治は覚悟を決めた。
「よろしくお願いします。マリー先生」
「leave me」
ご機嫌な麻理子を横目に、「まぁいいか」と笑う明治。
これで少しはクラスに馴染めるだろう。と、そんな思いもあった。
「すみません、遅れて」
「どこ行ってた?」
「ちょっとお弁当を受け取りに」
志保から受け取った弁当箱を掲げて「あはー」と笑う明治を、遠山はそれ以上問い詰めはしなかった。
何も気付いているのは淳也ばかりではない。去年から持ち上がりで担任になった遠山とて、触らぬ明治に何とやら…だとわかっている。
「そうか。なら二人とも席に着け」
促され、二人揃って席へ向かう。
明治が腰を下ろした途端、振り返った淳也が何か言いたげな視線を寄越した。
「説明しろって?」
「わかってんじゃん」
「じゃあお前もわかってるよな?」
「ヤダって言うんだろ、どうせ。あーあ。俺は除け者かよ」
「そう拗ねるなって。弁当交換してやるから」
弁当箱を押し付け、明治はとびきりの笑顔を作る。それに「うっ…」と呻いた淳也は、その弁当が誰から渡された物なのかを知っていた。
「いいのかよ、これ…」
「別にいいよ。志保の作ったものなんかいつだって食べられるし。俺は、ね」
「はいはい。そーですか」
ご丁寧に両手でそれを受け取った淳也に、今度は麻理子が身を乗り出して声を掛けた。これは珍しい…と、明治も耳を澄ませる。
「ジュン、危ないわよ」
「は?」
「それ、あの魔女が作ったんでしょ?だったら危ないわ」
真剣な眼差しでわけのわからないことを言い始めた麻理子に、淳也は首を傾げたまま固まった。その様子にプッと噴き出したのは、他でもない明治だ。
「笑ってないでアキも言ってやんなさいよ」
「そうだね。ふふっ。危ないかも」
「え?何?俺、全く話わかってねぇんだけど」
コソコソと話す三人に視線を向け、遠山がゴホンッと咳払いをする。それに逸早く気付いた明治は、トンッと淳也の肩を押して前を向くように促した。
「ってことで、文化祭の配役はこれで決まりな」
コツコツと黒板にチョークを当てる遠山と、そのチョークの先をじっと見つめる生徒達。思わず声を上げたのは、普段から「冷静」で通っている明治だった。
「どした?佐野」
「えっ…いや…」
「お前がこの役をするのは、作者の希望だからな」
「いやっ、俺はいいんですけど…」
言葉を濁した明治は、不思議そうに首を傾げている麻理子をチラリと見遣った。
「何?」
「主役だよ、マリー」
「主役?」
「そう。文化祭で英語劇をやるんだ。その主役が俺と君」
「ふぅん」
興味ないわ。と言わんばかりの麻理子の反応に、明治は再度黒板を見直して演目名の確認をした。
「悪魔…か。まぁた悪趣味だな、あいつ」
そう呟いた明治は、この台本の作者を知っていた。
「あれ、もしかして三井先輩作?」
「ったく…先生にも困ったもんだよ」
昔から、志保は読書家だった。将来は文学博士にでもなるのではないかというほど色々な本を読み漁り、そのうちにそれでは物足りなくなったのか、自分で物語を書くようになった。その才能に目を付けたのが、入学当初志保の担任をしていた遠山で。
「というわけだ。これ台本だからよろしくな、佐野、楠」
中学生の文化祭程度の脚本だけれど、その全てのセリフを英語で演じるとなればそれなりに苦労する。ふぅっとため息をつく明治の隣で、麻理子は楽しそうにページを捲っている。ご機嫌に、鼻歌を歌いながら。
「ご機嫌だね、マリー」
「日本語よりこっちの方が読み易くていいわ」
「まぁ…そりゃそうか」
海外育ちの麻理子には、やはり英文の方が親しみがあるのだろう。ふんふんと楽しげにリズムを取りながら、まるで歌でも歌うかのように小さな声でセリフを流し読んでいた。
「心配ないわ。これならアタシが教えてあげられる」
「あっ…うん」
明治自身英語は苦手な方ではないけれど、やはり海外育ちで流暢な英語を話す麻理子相手ではわけが違う。共に主役を張るだけに、これは相当練習しなければ…と、明治は覚悟を決めた。
「よろしくお願いします。マリー先生」
「leave me」
ご機嫌な麻理子を横目に、「まぁいいか」と笑う明治。
これで少しはクラスに馴染めるだろう。と、そんな思いもあった。