翌日、再び揃って登校した二人に、堪らず声を掛けた生徒がいる。
「佐野君、あの…」
「おはよう、進藤さん。どうしたの?」
普段通り優しい笑みを浮かべた明治は、麻理子を席に着くように促し少女と向かい合った。
「あのね、佐野君」
「ん?」
差し込む朝日を浴びて、明治の色素の薄い髪がキラキラと煌めく。全体的に色素の薄い明治は、黙ってにこにこしていると性別さえも違えてくるようで。まるで人形のようなその褐色の瞳を遠慮がちに見上げ、「進藤」と呼ばれたその少女はピンク色をした唇を動かした。
「どうして佐野君は楠さんと一緒に来るの?」
よく言った!と歓声でも聞こえてきそうなくらいに、クラスメイトはそこに視線を集中させていて。チッと心の中で舌打ちをするも、明治は決して笑顔を崩さなかった。
「家が近所なんだ。不慣れだろうから、俺が一緒に登下校してる」
「それだけ?」
「そうだよ。他に何かある?」
聞き返した明治に、キュッと唇を噛んだ少女。優しい明治の笑顔に誤魔化されそうになるも、それではいけない!と密かに自分を叱咤した。
「どうして楠さんは、佐野君と溝口君とは話すの?」
「ん?」
「楠さん、私達とはちっとも話してくれないの。話し掛けてもいつも英語で返事するのよ」
「あー…うん、そうだね」
「皆、感じが悪いって言ってる。佐野君はどう思う?」
「そうだね、俺は…」
チラリと麻理子を見遣り、不安げに瞳が揺れていることに気付く。
本当は、麻理子も仲良くしたいと思っているのだ。けれど、自分からは言い出せない。
そんな彼女の性格に気付いたからそ、明治は自分と淳也が打ち解けることでスムーズに事を進めようとしていた。
「仕方ないと思うよ。彼女は海外育ちだから、日本の集団生活には慣れないんだ」
「でもっ…海外にも学校はあるでしょ?」
「あるけど…やっぱり日本人独特のモノってあるだろ?彼女は日本人だけど、海外で育ってるからやっぱり苦手なんだと思う」
「ここは…日本よ?」
「だね」
こくりと頷き、明治は進藤さんの肩にポンッと手を置いた。それに「きゃっ!」と小さな悲鳴を上げたのは、触れられた本人ではなく、取り巻き達だった。
「皆が皆、同じじゃないと思わない?」
「え?」
「全てを自分達の物差しで測るのは、俺は好きじゃないな。もう少し待ってあげて?きっと慣れれば君達とも話せるようになるから」
「わかっ…た」
嫌いだとは言わず、好きではないと言う。これが明治のいつもの手だった。
嫌いだと言い切らなければ、好きになってもらおうと謀らずも相手は自主的に努力をしてくれる。相手の好意を撥ね除けず、そのまま自分の都合の良いように方向転換をさせる。そして、その結果誰もが傷付かず、不満に思うこともなく事を終えることが出来る。
それらは全て、志保が明治に教えたことだった。
「ありがとう。俺からも楠さんに言っておくから」
「あっ…うん」
その場を去ろうとする明治を引き止めようにも、それ以上の言葉が見当たらない。今日もダメか…と、取り巻き達の落胆が明治にも伝わってきた。
けれど、それを気付かぬフリをするのが「佐野明治」という男で。素知らぬ顔をして席に着き、昨日渡されたばかりの台本を開いた。
「マリー、付き合ってよ」
「ん?」
「練習だよ、練習」
「いいけど…」
「何で朝からかって?放課後に魔女が来るからに決まってるじゃないか」
「うっ…また来るの?あの魔女」
「毎日来るよ、きっと」
ペラペラと台本を捲りながら、適当なページでそれを止めた。そして、隣で固まっている麻理子の様子を窺う。
「マリー?」
「えっ?」
「どうしたの?浮かない顔して」
「だって…魔女が来るんでしょ?」
「え?あぁ、うん」
「アタシ、あの魔女嫌いだわ」
難しい顔をして唸る麻理子の頭を撫で、明治はにっこりと微笑む。
「大丈夫だよ。悪い魔女からは俺が守ってあげる」
「メーシーだって悪魔なのに」
「ん?」
そう言えばそんな設定だったか…と思い出し、それならば…と明治は志保を真似て人差し指をクルクル回しながら笑った。
「マリーの魂は俺の物。だからあの魔女には渡さない」
「えっ!?」
「…って、ここに書いてあるよ」
ぺらりと台本を捲り、明治はトントンとその部分を叩く。騙された!と言わんばかりに大きな目を更に大きく見開いた麻理子が、むぅっとふくれっ面をした。
「卑怯だわ」
「そう?俺は練習に付き合ってって言ったんだけど」
「だってこれ英語のセリフじゃない」
「英文をそのままセリフとして覚えられるほど、俺の頭は良くないよ」
「よく言うよ、学年トップの秀才が」
ドサッと鞄を置き、途中参加の淳也がベッと舌を出す。
それに「おはよう」と応え、明治は未だ膨れたままの麻理子の頬をぷにっと突いた。
「そんな顔してると、せっかくの美人が台無しだよ」
「平気よ。美人はどんな表情でも美しいものよ」
「あららっ。結構言うね」
「メーシーが言ったんじゃない」
「俺?」
「そのままでいいって。前言撤回なんてさせないわよ」
あちゃーと肩を竦め、明治は首を傾げる淳也に苦笑いで言った。
「これはとんだ困ったちゃんだ」
その言葉を今後幾度となく繰り返すことになる明治は、まだ自分達の歩くことになる未来を知らない。
「最後まで責任持てよ、アキ」
そう言って笑った淳也も、まさかその未来に巻き込まれることになるだなんてことは思ってもみなかった。
「佐野君、あの…」
「おはよう、進藤さん。どうしたの?」
普段通り優しい笑みを浮かべた明治は、麻理子を席に着くように促し少女と向かい合った。
「あのね、佐野君」
「ん?」
差し込む朝日を浴びて、明治の色素の薄い髪がキラキラと煌めく。全体的に色素の薄い明治は、黙ってにこにこしていると性別さえも違えてくるようで。まるで人形のようなその褐色の瞳を遠慮がちに見上げ、「進藤」と呼ばれたその少女はピンク色をした唇を動かした。
「どうして佐野君は楠さんと一緒に来るの?」
よく言った!と歓声でも聞こえてきそうなくらいに、クラスメイトはそこに視線を集中させていて。チッと心の中で舌打ちをするも、明治は決して笑顔を崩さなかった。
「家が近所なんだ。不慣れだろうから、俺が一緒に登下校してる」
「それだけ?」
「そうだよ。他に何かある?」
聞き返した明治に、キュッと唇を噛んだ少女。優しい明治の笑顔に誤魔化されそうになるも、それではいけない!と密かに自分を叱咤した。
「どうして楠さんは、佐野君と溝口君とは話すの?」
「ん?」
「楠さん、私達とはちっとも話してくれないの。話し掛けてもいつも英語で返事するのよ」
「あー…うん、そうだね」
「皆、感じが悪いって言ってる。佐野君はどう思う?」
「そうだね、俺は…」
チラリと麻理子を見遣り、不安げに瞳が揺れていることに気付く。
本当は、麻理子も仲良くしたいと思っているのだ。けれど、自分からは言い出せない。
そんな彼女の性格に気付いたからそ、明治は自分と淳也が打ち解けることでスムーズに事を進めようとしていた。
「仕方ないと思うよ。彼女は海外育ちだから、日本の集団生活には慣れないんだ」
「でもっ…海外にも学校はあるでしょ?」
「あるけど…やっぱり日本人独特のモノってあるだろ?彼女は日本人だけど、海外で育ってるからやっぱり苦手なんだと思う」
「ここは…日本よ?」
「だね」
こくりと頷き、明治は進藤さんの肩にポンッと手を置いた。それに「きゃっ!」と小さな悲鳴を上げたのは、触れられた本人ではなく、取り巻き達だった。
「皆が皆、同じじゃないと思わない?」
「え?」
「全てを自分達の物差しで測るのは、俺は好きじゃないな。もう少し待ってあげて?きっと慣れれば君達とも話せるようになるから」
「わかっ…た」
嫌いだとは言わず、好きではないと言う。これが明治のいつもの手だった。
嫌いだと言い切らなければ、好きになってもらおうと謀らずも相手は自主的に努力をしてくれる。相手の好意を撥ね除けず、そのまま自分の都合の良いように方向転換をさせる。そして、その結果誰もが傷付かず、不満に思うこともなく事を終えることが出来る。
それらは全て、志保が明治に教えたことだった。
「ありがとう。俺からも楠さんに言っておくから」
「あっ…うん」
その場を去ろうとする明治を引き止めようにも、それ以上の言葉が見当たらない。今日もダメか…と、取り巻き達の落胆が明治にも伝わってきた。
けれど、それを気付かぬフリをするのが「佐野明治」という男で。素知らぬ顔をして席に着き、昨日渡されたばかりの台本を開いた。
「マリー、付き合ってよ」
「ん?」
「練習だよ、練習」
「いいけど…」
「何で朝からかって?放課後に魔女が来るからに決まってるじゃないか」
「うっ…また来るの?あの魔女」
「毎日来るよ、きっと」
ペラペラと台本を捲りながら、適当なページでそれを止めた。そして、隣で固まっている麻理子の様子を窺う。
「マリー?」
「えっ?」
「どうしたの?浮かない顔して」
「だって…魔女が来るんでしょ?」
「え?あぁ、うん」
「アタシ、あの魔女嫌いだわ」
難しい顔をして唸る麻理子の頭を撫で、明治はにっこりと微笑む。
「大丈夫だよ。悪い魔女からは俺が守ってあげる」
「メーシーだって悪魔なのに」
「ん?」
そう言えばそんな設定だったか…と思い出し、それならば…と明治は志保を真似て人差し指をクルクル回しながら笑った。
「マリーの魂は俺の物。だからあの魔女には渡さない」
「えっ!?」
「…って、ここに書いてあるよ」
ぺらりと台本を捲り、明治はトントンとその部分を叩く。騙された!と言わんばかりに大きな目を更に大きく見開いた麻理子が、むぅっとふくれっ面をした。
「卑怯だわ」
「そう?俺は練習に付き合ってって言ったんだけど」
「だってこれ英語のセリフじゃない」
「英文をそのままセリフとして覚えられるほど、俺の頭は良くないよ」
「よく言うよ、学年トップの秀才が」
ドサッと鞄を置き、途中参加の淳也がベッと舌を出す。
それに「おはよう」と応え、明治は未だ膨れたままの麻理子の頬をぷにっと突いた。
「そんな顔してると、せっかくの美人が台無しだよ」
「平気よ。美人はどんな表情でも美しいものよ」
「あららっ。結構言うね」
「メーシーが言ったんじゃない」
「俺?」
「そのままでいいって。前言撤回なんてさせないわよ」
あちゃーと肩を竦め、明治は首を傾げる淳也に苦笑いで言った。
「これはとんだ困ったちゃんだ」
その言葉を今後幾度となく繰り返すことになる明治は、まだ自分達の歩くことになる未来を知らない。
「最後まで責任持てよ、アキ」
そう言って笑った淳也も、まさかその未来に巻き込まれることになるだなんてことは思ってもみなかった。