その頃、能登春樹の敏腕マネージャー、片瀬翼は春樹の忘れ物を取りに、マンションまで車を走らせていた


「何で台本を忘れるんでしょうね」


怒り浸透の翼はいつもよりムスッとしていた


エレベーターで最上階に上がる

すると、美しいピアノが聞こえてきた


「っ!」


滅多に驚かない翼でも驚いた

広々としたロビーには艶やかな黒をしたグランドピアノ

その黒に匹敵するくらい美しい黒髪をなびかせているのは、世界を又にかける天才ピアニスト

七瀬萌花であった



翼が一歩、エレベーターから出た

その些細な、全てが最上級のもので作られたこのロビーに吸収された足音さえ


彼女には雑音だった


演奏が止む


「練習中、申し訳ありません。バカ…いえ、春樹が忘れ物をしたものですから」

「あ、占い師さん」


どうやら大きな誤解を生んでいるようだ


「いえ、僕は春樹のマネージャーです」


「あら、これは失礼。それで、いつフランスに戻っていいのかしら、飛行機にも、もう乗って、大丈夫?」

「やはりフランスに戻られるのですね」

「ええ、まあ、あっちに家がありますし、彼の腕が鈍っちゃうわ」

「…そうですか」



翼は萌花のところに歩み寄る


「出来れば日本に繋ぎ止めておきたいですね。あなたのようなピアニストには」

「光栄ですわ」

「では、失礼します」


2人とも目を閉じて、おでこを合わせる




ああ、そうか

この人は…こういう運命を行くのか…。




翼は少し顔を歪ませる


その時、



「萌花〜、夕飯何が…えっ…」


翔太がじゅりなの自宅からロビーに姿を見せたのである