そして、演奏が始まった
言葉では言い表せられないとは正にこのことである
ただただ、圧倒された
萌花の指は鍵盤を滑るように、遊ぶように、叩くように、撫でるように、慈しむように、哀れむように、恋するように、愛するように、憎むように、、、
そう、感情といったものをたった10本の指で表現しているのだ
人間の物とは思えない早業、テクニック、七瀬萌花にしか、天才にしか弾けない曲を難なく弾いて行く
観客はそれに酔いしれ、引き込まれて行く
脱け出せなくなる
彼女の黒く艶やかな髪はその度に揺れ、その真っ赤な薔薇のようなドレスは踊り狂う
最後にはスタンディングオーベーションをした
割れんばかりの拍手喝采、雨あられ
誰もが認めるピアニスト
それが彼女だった
「いやぁ、あれは世界が惚れるよね」
「ああ、何度聞いても飽きないぜ」
私とサソリは興奮したまま萌花さんの楽屋訪問をしに行く
ちゃんと関係者として入るのでおとがめなしである
「おっ、あった!」
七瀬萌花、というプレートのある部屋に着いた
「失礼しま…」
ノックしようとしたその時…
「今日の演奏も素晴らしかったですっ」
中から男の人の声が聞こえた
珠理奈の手は止まり、サソリの片眉がピクリと動いた
「ありがとうございます」
萌花の声も聞こえる