物心ついた時から父は滅多に家にいなくて、母は必死で仕事をしていた
そんな私を心配して近所の住人がよく面倒を見てくれていたのだ
その中でもひときわ仲が良かったのはコックのお兄ちゃんである
「珠理奈ちゃんっ」
「コックのお兄ちゃんっ、ただいまっ」
「おかえり。今日はアップルパイを作ったんだ、試食してくれる?」
「もちろんっ、でもじゅりなはきびしいよ?」
「うん、よろしくお願いしますっ」
コックのお兄ちゃんは料理人の見習いさんでいつも料理を作っては珠理奈に食べさせてくれた
コックのお兄ちゃんはいつも笑顔で、珠理奈の学校での話や愚痴、時にはかなり真剣な相談にまでノってくれた
頭が良くて、笑顔が素敵で多分スポーツも出来る
私はコックのお兄ちゃんが大好きだった
なのに…どうして忘れていたんだろう…。
「それはさっきも言ったけど、無理もないんだよ」
コックのお兄ちゃん、否、隼人様は寂しそうに微笑んだ
「君はあの人から虐待を受けていたじゃないか」
あっ
そうだ、コックのお兄ちゃんは私の父親をいつも『あの人』と呼んでいた
軽蔑の目でしか父を見ていなかった
「君はあの人に殴られて机の角に頭をぶつけたんだ。とても打ち所が悪くてね。君は1週間意識を取り戻さなかった」
「そんなことが…。」
「目覚めると君は俺のことをキレイさっぱり忘れていた。さらに言うと嫌っていた。拒絶…されたんだ。」