「お父さんにはな、美香っていう幼なじみがいてな……」


それからしばらく、俺は静かにお父さんの話を聞いていた。


美香さんの子どもが亡くなったこと。


お母さんとも仲が良かったこと。


最後のキス。


話しを聞き終わると、俺は脱力して、椅子から落ちた。


小学生の頃とかは授業中にふざけて椅子から落ちるやつとかいたけど、俺は本気で落ちた。


「ユウ太っ」


「ユウ太くんっ」


お父さんとミミ子ちゃんが慌てて俺のもとにしゃがみ込む。


「大丈夫か?」


お父さんがおずおずと、俺の背中を撫でた。


俺はにこっとお父さんに笑顔を向けた。


「うん、平気だよ。」


椅子から落ちたかと思うといきなり上機嫌の俺に、お父さんがキョトンとした目を向ける。


「……頭打ったの?」


ミミ子ちゃんがこちらを心配そうに見つめながらつぶやく。


「いや、打ってないよ。」


「でも、ユウ太くん、笑えないこの状況ですんごい幸せそうな顔してるよ。」


「だって、良かったって思ったんだもん。」


お父さんが目を丸くして俺を見る。


「良かったって……?」


かすれた声で尋ねてくるお父さんが、妙におかしかった。


「お父さん、悪くないじゃない。」


そう返すと、お父さんは戸惑うような表情を浮かべた。


お父さんの斜め後ろらへんで、ミミ子が小さく微笑む。


「そりゃ、全然悪くないわけじゃないよ。でも、総合的に、そんな悪くないでしょ。」


じゃあ、誰が悪いのって聞かれたら、困るけれど。


美香さんって人が悪いんだとは思うけど。


会うことなんて絶対ないだろうから責めることはできないし、その必要もない。