「…ケンだけよ?」


いつも高めの絵理奈の声が低く控えめにケンの耳に響いた。
その声色に、至近距離の絵理奈に対してケンは何も言えずに硬直した。


「…正直、最近リュウから離れようかと思ってるの」
「は?」
「だって…初めはウソでも大事にされてたのに、最近なら“慣れ”からか欲、丸出しなんだもん」


絵理奈が遠くを見るように、淀んだ瞳を伏せて言った。

そんな影のある絵理奈の姿に驚きながら、ケンは聞き返す。


「欲……」


すると絵理奈は長く落ちそうな灰を灰皿にトンッと落とすと、膝に頬杖をつき、上目遣いでケンを見た。

そして艶やかな唇を動かす。


「金とカラダが欲しい時だけ、ってことよ」


その言葉にケンはつい紅潮してしまう。

勿論、ケンも経験がないわけではない。
しかし、カラダだけの関係というものは経験もないし、頭でも理解出来ないことだった。

この世界には、そういうことが少なからずある。

それも理解していたつもりだが、実際にその当事者ーーーしかも女性から聞かされるとなると、どうにも言葉じゃ説明しきれない複雑な思いに駆られた。

そんなケンの反応を見て、絵理奈は笑う。


「あはっ。やっぱケンて、いいね!」
「えっ…まさか今の…」
「からかったわけじゃないし、ウソでもないよ? ただ、ケンて本当わかりやすいから面白い」
「……」
「リュウは…まぁ、確かにイイんだけどね」


どこか覚ったような、哀愁じみたような…。
絵理奈のそんな横顔を見てケンは何も言えずにいた。