「『彼女』…?」


わざと余裕を見せるように、くすっと笑って絵理奈に聞き返す。


「そう。だってそんな顔してた気がしたし」
「え?」
「―――昨日、たまたまシュウを見かけたから」


その言葉に今度は心臓が止まるかと思った。

いつ、どこで、誰と居る時の―――…そんなことを考えたらきりがない。

けれど、ここで崩されてはいけない。

そう思い、楓は敢えてゆっくりとした口調で、穏やかに絵理奈に言う。


「―――それは本当に、僕?」


すると絵理奈は派手なネイルを施した人差し指を顎にあて、視線だけを上へ向けて「うーん」と考えてから答えた。


「多分。一人で歩いてたけどー…私服だったから雰囲気違ってたけど。男の人でこんな綺麗な顔の人、そうそういないと思うしぃー」


(―――私服! 危なかった! 昨日は自前の汚い服装だったから…)


それがもしも、堂本の知り合いから譲ってもらった服だったら―――そう想像するだけで冷や汗が流れる。

楓は一呼吸置いて、敢えて絵理奈に近寄って、営業スマイルを浮かべて小声で囁いた。


「じゃあ、今度見かけたら声掛けて下さいね」


耳元でそう言い残すと、顔を赤くする絵理奈にもう一度にっこりと笑顔を向けてからバックヤードへと去って行った。