「こんばんはぁ」


振り向く前に、その声と記憶に残る香りで誰だかわかった楓は驚くことなく目を合わせた。


「―――こんばんは。絵理奈様」
「“様”なんていーよ!」
「…でも、リュウさんの大切な方なので」
「じゃあ“ちゃん”とかでも」
「…かしこまりました。絵理奈“さん”」


入り口あたりで遭遇した絵理奈は、まだ何かあるのか奥へ進もうとはしなかった。

楓もその様子がわかるからその場に絵理奈を置いて去ることも出来ずにいた。
しかし、あまりにも動かず、何も言わずにじっと顔を見られるだけだったので、楓はいよいよその場を去る為に切り出そうとした時―――


「シュウって、昨日何してたの?」


突然問われたことと、その内容に目を大きくする。
それから少し考えて、当たり障りのない返事を返した。


「…お休みを、頂いてました」


その楓の答えに、にこっと笑って一歩近づいてくる。


「うん。その“休み”に何してるのかなぁ…って」


―――このバラの香りは危険だ。

そう楓は思って頭を働かせる。


「久しぶりに友人と、会ってましたけど…なにか?」


なんとなく、圭輔を“弟”と話すのも気が引けて“男友達”というスタンスで演じようと咄嗟に思って答えた。

心臓はドクドクと脈打っているが、顔はポーカーフェイスを崩さない。

そんな楓の目を見てから、絵理奈はふいっと顔を逸らして言った。


「彼女じゃないんだぁ」


その言い方に楓は何か引っかかる。