真横でレンは足を止め、同じ背丈の為に、顔と顔とが近くなる。

少し照れるような気さえする距離だが、楓は顔を逸らさずにそのままいた。


「あの。いつも…ありがとうございます」
「…なんの話?」
「その…お酒を飲まさないように、とか…リュウさんのことも、堂本さんに―――」


そこまで説明すると、レンは少し考えてから口を開いた。


「俺は堂本さんが全てで―――その堂本さんの“特別”があんただから。それだけのことだ」
「―――“特別”…?」


それはどういった意味でだろう。

楓にはわからない。
でも、堂本をよく知るであろうレンは何かを感じているのか。


「それって、一体…」
「ああ。時間、ヤバイんじゃないか?」


楓がその言葉の意図を確認しようとしたときに、フロアからBGMが聴こえ始めてレンが腕時計を見て言った。


「とにかく、リュウとは極力関わらないのが賢明だ」


レンが最後にそう言って行ってしまった。
その背中を見て、楓は呟く。


「私が、堂本さんの…特別…?」


何を以っての“特別”かは定かじゃない。

堂本のアパートに住まわせてくれている時点で特別とも言える。

しかし、楓はそういうことではなく、もっと違った意味だったら―――と無意識に思っていた。

その考えに自分で気付いてハッとする。


(…ありえない! まさか、そんな意味じゃない。でも…私自身はそれを望んでる…)


堂本に対する気持ちが淡い何かに確実に変わっている。

楓は今はそれに気付かないフリをして、頭を振って掃除用具を片付けた。