(男としてここにいるのにケンとどうこうなるなんて。でも、あの絵理奈って子に攻められるっていうのも、女としてどうなんだろう…)


鵜呑みにしてるつもりはないが、楓はそんなことを考えて肩を落とした。

いつの間にか時間は過ぎ、続々とフロアに人が増えていく。
一人一人に挨拶をしながら、楓は清掃用具などを裏へ片付けに持って向かった。

重いバケツとモップを両手に、足元に視線を落としながらふらりと歩く。

すると、視界に一人の靴が入ってきて顔を上げた。


「あ……おはようございます」
「はよ」


そこにはいつもフォローをさせてもらっているレン。
しかし、実はそのフォローというのも自分の方がしてもらっていたのだということを思い出し、言葉にしようか迷う。


「…今日、引っ越しだって朝からなんか騒がしかった。あいつ」


そんな中、珍しくレンから話題を振られて楓は驚きつつも、慌てて返す。


「あ、そ…そうみたいですね! 一人でやってるんですか?」
「元々なにひとつモノも持たずみたいだったから、余裕っぽかったけど」
「あ…そうか…」


そこで会話が途切れ、ただ視線を交わらせていた。

楓がこの空気をどうしようか考え始めたときに、急にレンが視線を楓から後ろへと向けた。


「…レンさんが誰かと世間話だなんて、珍しい」
「―――別に。ただの業務連絡だ」
「そうですかー。キレイな顔が二つ並んでると、なんかヘンな想像しちゃって」
「リュウ。いいから早く行けよ」
「すんませーん」


ヘラヘラと笑いながらレンと楓を通り過ぎ、リュウは居なくなった。


「…どうしても、私を同性愛者にしたいみたいで」


リュウの去って行った廊下を見ながら溜め息混じりに楓が言うと、レンも同じ方向を見て言う。


「元々あんな感じの奴だ。挑発に乗るな」


そしてレンもフロアへと向かおうとした時に楓が呼び止める。


「あの…っ!」