翌日はケンが休みだった。

恐らく、引っ越しをしているのだろうと、思いながら楓は開店準備をしていた。

すると珍しい人物がフロアに出てきた。


「今日は片割れいねぇのか」


そのバカにしたような声が楓は誰だかすぐにわかって振り返る。


「…休みです」
「へぇ。いつでも一緒なのかと思ってたぜ?」
「休みは僕たちが決めることじゃないですから。それより、珍しいですね? 開店前にフロア(ここ)に来るなんて―――リュウさん」


手を止め、姿勢を正して楓は言った。
リュウは鼻で笑ってタバコに火を点けて答える。


「面白いもんでも見れるかと思って」
「面白い…もの?」
「ケンとお前の」
「―――本気でそんなこと思ってるんですか」


半分呆れて楓は作業をまた続けた。
そんな楓の動きを、リュウは面白そうにテーブルに腰を下ろしてジッと見つめる。


「昨日、絵理奈が言ってた」
「絵理奈……」


一瞬誰かと楓は考え、それがあの客だと思い出して視線をリュウと合わせた。
そしてその、リュウの客、絵理奈が何を一体話したというのか。
その続きを黙って待つ。


「『雄っぽくなくて、イイカンジ』だとよ」
「……」
「とかいいながら、あの女、肉食が好きなクセによ」


いやらしく笑うリュウに嫌悪感しか感じない。

この男は、本当に根っからのホスト気質とでも言うのか…客(おんな)を金としか見ずに、あくまでビジネスとしてしか考えていない。

恐らくは、それなりに身体の関係も場合によってはするのだろう。


「ま、そういうアイツも肉食女子ってヤツだからな。シュウ、気をつけろよ?」
「―――大丈夫です。大体、お客を横取りするような行動はこの世界でご法度と教えられましたけど」
「…それなりに勉強してる、って?」


灰が落ちそうになった、まだ長い煙草を灰皿に乱暴に押し付けてリュウが立った。


「ケン(おとこ)にも絵理奈(おんな)にも狙われて、大変なことだな」


最後まで嫌味を吐き捨てて、リュウはまた裏へと消えて行った。