忙しく仕事をこなし、今日は特にリュウに絡まれることもなかった楓の頭から絵理奈という客の存在もすっかり忘れてしまっていた。
帰宅途中、携帯を見ると、圭輔からの着信が2件程あった。
楓はもしかして、昨日のことに気付いたのかと、重い気持ちでメールを打つ。
すると、遅い時間にも関わらず、圭輔から再び着信が来た。
「…もしもし」
『ずいぶん遅いなぁ、大丈夫?』
「あ…平気! タクシーあるし」
『姉ちゃん、女なんだから、マジ気ィつけてよ?』
「―――うん…」
一番近くにいた大切な人に嘘を吐く度、胸が痛む。
心配をこれ以上掛けたくなくて、自分の為に生きて欲しくて。
それ故の嘘の筈。
けれど、自己都合のような気もする。
「あ…なんか……あった…?」
楓は恐る恐る問う。
すると、やはり圭輔は昨日のことを知らないようで、いつもの調子で返して来た。
『ん? いや、特別なにってことでもないんだけど。この前はそっちに行ってご飯だけ食べて帰ってきたから。だから今度はちゃんとしようと思って』
「…? なにを?」
『姉ちゃんの誕生日』
歩いていた足を止め、きゅっと唇を噛む。
こんなにも思ってくれる弟は一人だけ。
少し泣きそうになった楓は夜空を仰いだ。
『それで、次いつ都合つくかなーって…姉ちゃん? 聞いてる?』
「―――聞いてるよ」
『姉ちゃんて本当、反応薄いから』
「圭輔、ありがとう」