楓はビクッと肩を上げ、息を止めた。

そして自分が追い詰められる、と思う携帯を見ると、涙が滲んだ。
楓はゆっくりと携帯に指を置き、耳にあてる。


「……」
『……もしもし?』


楓は何も発さなかった。
いや、発せなかった―――。

ただ、溢れ出そうな涙を、奥歯を噛んで堪えるので精一杯。


『…楓?』


すぐ近くに聞こえるその声に、とうとう楓は我慢出来ずに一筋の涙を零した。
空いている片手で口元を抑えたが、嗚咽が漏れてしまう。


『……!』
「…っ…く……」
『おい。今どこにいる? 家か?』
「…………はい」
『わかった』


ププッと通話が終わった音がする。
ゆっくりと携帯をおろしてボーッとする。


(…きっと、来る)


楓はそう思った。
だけど座りこんだまま、その場を立てなかった。

未だ僅かに震える自分の手。
ぎゅっと目を瞑る。

すると外から車の音が聞こえてきたのがわかった。
そしてそれからまもなく、部屋にインターホンの音が一度こだました。

それでもなお、楓は立たなかった。

ガチャリと玄関が開く。

いつもの癖で、すぐに鍵を掛けずにいた為、そこは簡単に開かれた。

家の中を窺うような様子で、そっと楓の元へと近づく黒い足。
楓はその足元に視線を向けていたが、焦点が合っていない。

その足は、楓の2歩手前くらいで止まると、今度は楓の視界に首元が映り込んで来た。


「…生きてるか?」