楓と別れ、レンのマンションに辿り着いたケンは、一度外で立ち止まりその建物を見上げる。
「…やっぱ、すげー世界だな。ホストって…」
そして見上げていた顔を元に戻してマンションに入る。
預けられている合鍵を手にエレベーターに乗り込むと、その合鍵をも改めて見る。
自分に貸してくれている合鍵。
まだ知り合って日も浅いのに、こうして良くしてくれるのはありがたいことだし、ケンは嬉しかった。
信用されているのだ、と思えるから。
そんな小さな喜びを噛みしめるようにその鍵をぐっと握った。
そのまま玄関前に着き、ドアノブに手を伸ばしかけたときに中から話し声が微かに聞こえた。
咄嗟に手を引っ込めて視線を正面に向けた。
ケンは一瞬、レンの彼女…もしくは客かとドキドキしたが、耳を澄ませるとどうやらどちらも男の声に聞こえ、なぜか胸を撫で下ろした。
そしてそれがわかると、次はどうすべきかケンは悩む。
ここに居て、盗み聞きをするような真似は当然しない。が、何食わぬ顔でこの玄関を開けるべきか、少し時間を置いてから帰宅すべきか。
そんなことで迷っている時に、ケンの耳に気になる言葉が入ってきた。
「……で、リュウか」
「…と、…ケンは……」
「…カエ…は…」
『リュウ』と確かに聞こえた。
そして自分の名前、『ケン』とも。
偶然にしては、二人の名前を両方聞くなんて偶然はないだろう。
やはり自分と、あのリュウのことを話していると思う方が自然だ。
レンの家ということは、片方はレンの声で間違いない。
もう一人は…?
ケンは気になって、ついその場に居座ってしまっていた。
すると、会話の感じが変わったのに気がついて、ケンは慌てて非常出口へと身を隠した。
「…じゃ、またなんかあったら」
「はい。気を付けて」
ドアが開いて、その声の主が出てくるのをケンは息を潜めて覗いていた。