『なんかあったら遠慮なく言えよ』
ケンが言った言葉が頭に残ったまま、楓は仕事に就いていた。
男同士、同じ新人同期として。
それだけのことで掛けてくれた言葉だと理解はしている。
しかし、“女”である部分で、楓は微妙な思いになっていた。
ケンはおそらくあのままの人間だ。
ただひたすらに真っ直ぐで、真面目で。
だから、そういう言葉を貰ってしまうと頼ってしまいそうになる。
しかしそうすると―――気を許すということになってしまうとボロが出る。
楓は心苦しいが、ケンとも距離をちょっとずつ置いた方がいいのではないかとも考え始めた。
「…シュウ」
「あ、は、ハイ!」
ボーッとしていると、レンに声を掛けられ慌てて返事をする。
「…ちょっとヘルプ、頼むな」
「はい」
そう耳打ちをするようにして楓に告げると、今度は座ったままの客に近付いて同じように何やら耳打ちをする。
その内容は店内の賑やかさとBGMで掻き消されて聞こえない。
レンが話終えると、楓にアイコンタクトをして別のテーブルへと行ってしまった。
それを見て、楓は客に挨拶をして席に着く。
楓だけではなく、もう一人のヘルプが居たために、そのもう一人がやたら流暢に話を進めて楓は補佐に徹していた。
すると間も無くレンが戻って来て、再び客に満面の笑顔が戻る。
「ボトル、新しく入れるからみんなもどうぞ?」
機嫌が良くなった客がそんなことを楓たちにも言ってきた。
「ありがとうございます!」
「…いただきます」
そう礼を笑顔で客に伝え、酒の準備をする。
思えば酒を飲まない楓が、この数週間でだいぶ作ることには慣れてきていた。