「やー、レンさんどこいったんだ?」
ガチャッとドアが音を立てて、この場の雰囲気に似つかわしくない抜けたような声が聞こえた。
楓はそれがケンだと確信して振り向く。
リュウに腕を掴まれている楓と目が合ったケンは、先程までの呑気な態度が一変し、二人に駆け寄った。
「なっ、何してんですか!」
ケンがムキになってリュウの手首を掴むと、リュウが力を抜き、楓の腕は自由になった。
その隙に楓は気付かれないように一歩下がる。
ケンは自分もリュウから手を離したが、目は離さず睨みつけていた。
「…そんなに怒ることかよ。ちょっと話してただけだろ」
鼻で笑ってリュウが言う。
「こんな風に力で話す話ってなんすか」
ケンが引かずにリュウに言い返すと、リュウは目を細めて笑みを浮かべ、ケンを素通りする。
そして楓の横に並んで足を止めると、楓を見下ろして答える。
「俺とこいつの話だろ。お前にゃ関係ねぇよ」
「…っ!」
悔しそうに唇を噛むケンの様子を横目で見たリュウが、可笑しそうに言った。
「なんだ? ケン、お前、オトコもイケるクチか?」
「なっ……」
「―――へぇ…いいネタ頂き」
挑発するように笑うリュウに、楓も口を挟もうとする。が、リュウはそれすらも嘲笑ってそのままロッカー室を出て行ってしまった。
「…大丈夫か?」
「ああ。うん…別に何もない」
「ほんとに? シュウ。なんかあったら遠慮なく言えよ」
「はは、んな心配しなくても。僕も一応オトコだし」
楓は精一杯強がって笑った。
―――
「あれ、レン。入らないのか?」
すぐドアの一枚向こうには、リュウが去った後にレンが立っていた。
裏方の遠藤が通りすがり、レンに声をかける。
「…いや、もう行きますから」
「そうか? じゃ、先行ってるぞ」
そうして遠藤が先を行くのを見て、レンは一度ロッカー室のドアに目をやる。
それから遅れて遠藤の後を歩きながらぽつりと口を開いた。
「……面倒なことになりそうだ」