楓はケンの誘いを断ってアパートに居た。

テレビもない部屋。
でも恐らくテレビがあったところでそれを観ることをしなさそうだが。

楓は唯一の部屋着を手にして立つと、鏡を見た。

スーツ姿の自分。
これを脱げば、男である自分から女の自分に戻れる。

けれど他に持っている服は、家からそのまま着てきた服一着と、手にある部屋着。
いつもなら部屋着を纏ってベッドの隅に転がる。

でも、今楓はそれをしなかった。


ピンポーン、と、鏡の自分と見つめあって居るときに来客を知らせる音がする。
楓は驚く様子も見せずに玄関へと向かう。

覗き穴から見ることなく、カチャンと鍵を回しドアを開けた。


「よ」


短い挨拶をして玄関前に立っているのは…。


「また突然悪い」
「…いえ。どうぞ」


片手を“ごめん”と謝るように軽く上げ、楓が距離を開けるまで靴を脱がずに待っていたのは堂本。

楓がやはり先を歩き、部屋へ戻ると後から距離をあけて、堂本がついてきた。


「ったく、化粧品のひとつやふたつ、また買えっつーんだよ」


ぶつぶつと何やら言いながら、堂本は手にしていた紙袋をカウンターに置いて床を見回している。
その様子を端のほうで見ながら楓が声を掛けた。


「あの…どんなもの、ですか?」
「あー。なんかキャップが黒くて…っつってたかな」
「私も探します」


そうして二人で視線を下に集中して数分後。


「おお、あったあった!」


堂本が探し物を見つけて声を上げた。