その“聞き慣れた”声に、ケンは勢い良く振り向く。


「新人が、堂本さんに目を掛けられてるっつう噂は本当か」
「り、リュウ…さん! なんで…」
「『なんで』って、別にこの辺にいたっておかしくねぇだろ」


目の前にいたのは、先程まで同じ場所で仕事をしていたリュウ。ケンが主にフォロー担当している先輩だ。


「なんでオマエラみたいな奴ら、気に掛けてるんだろうなぁ」


リュウは笑顔だが、その吐き出した言葉には悪意が感じられるものだった。
しかしケンは何も答えずにリュウと向き合ったまま。


「ま、いつまで続くか…な」


鼻で笑って吐き捨てるリュウの元に、一人の女が駆け寄ってきた。


「リュウ!」


その女はリュウの腕に絡みつくようにして甘い声を出す。
リュウがその女の肩に自然に手を回すと、ケンが立っている方向へと歩き出した。


「どこいく?」
「絵理奈(えりな)飲みたいなぁ」
「じゃあ、近くのバーでも行こうか」
「うんッ」


ケンはその会話を聞きながら、リュウの隣の女を見る。
絵理奈と自分で名を呼ぶその女は、頻繁に店で見かける女であることに気付いた。

もちろん、指名する相手はいつもリュウだ。


「せいぜい足引っ張んなよ」


すれ違いざまにリュウがケンに言う。


「えー? リュウ、今何か言った?」
「いや、なにも? 絵理奈、もう酔ってる?」
「ひどーい」


ハタから見ればただのカップルにも見えるかもしれない。
けど、リュウと絵理奈はただのホストと客。

それを知るケンは、その二人の恋人同士のような後ろ姿に軽蔑にも似た視線を送るだけだった。