「なんだ?」
その声に堂本はピタリと足を止め、顔だけ半分振り向いて答える。
「あの…」
実際何を伝えようとしたかなんて、楓にはわからなかった。
でも、呼び止めてしまった今、何かを言わなければならない。
楓は焦った思考で言う。
「どうして…“弟”って」
「ああ。電話の相手か? このクソ静かな時間だと、結構スピーカーから漏れるもんだな。おれも気をつけねぇと」
そう笑いながら堂本は答えた。
「『姉ちゃん』、か。よっぽど大事なんだな」
そうして言った堂本は、どこか遠くを見ていた。
その何とも言えない堂本の表情に、楓は釘づけになる。
「弟、おれが姉ちゃんをホストにさせた、なんて知ったら殴られそうだ」
「そんな…言わないですから」
「それが姉の優しさ、か」
「…?」
「いや、なんでもない。じゃあな」
堂本が再び背を向けて、今度こそ帰って行った。
圭輔―――“弟”の話になったさっき、堂本の新しい一面を見た気がした。
レンに対してとも違う、自分や店の人たちとも違う。
自分も、レンも、ケンも――――そして堂本も、同じように何かあるのかもしれない。
そう思いながら部屋に入った。