「―――オイ」
深夜の静かな場所で、背後から聞こえる男の声。
楓は肩を上げて恐る恐る振り向いた。
そして、その人物を確認して、動揺する。
「―――ど、堂本…さん」
煙草を携帯灰皿に押し付けて、楓には近づかないように電柱に寄りかかって立っているのは堂本だ。
「電話」
「え…? あ! す、すみません。もうしません…から」
「いや、そうじゃない」
「……?」
てっきり楓は支給された携帯を早速私用で使ってることを指摘されたのかと思い、謝罪した。
しかし、堂本は怒っている様子など微塵も見せずに柔らかい口調で楓に言う。
「“姉貴”の顔になってる。“兄貴”で居ないと、どこで誰に見られてるかわかんねぇぞ」
「あ……」
楓は堂本に言われて自分の頬に手をあてた。
「なるべく、“男”のままで帰れ。世の中物騒だからな」
堂本はそれだけ言うと、歩き出した。
その背中を楓は見つめる。
(―――もしかして、ここに居たの、偶然なんかじゃないんじゃ…)
疑うことには慣れている。
楓の人生はずっと、そんなことの繰り返しだったから。
だけど目の前で小さくなって行く背中は、その楓すら、裏を感じない。
こんな風に大事に扱われたことが、なかった。
「―――堂本さん!」
そう感じた時には、無意識に堂本の名を口にしていた。