「おはようございます…」


同じ時間、同じように店に入ると、眠そうに欠伸を豪快にしている堂本が目に入った。


「おぅ」
「…寝不足、ですか?」
「見ての通りだ」


話の合間に、また大きく口を開けて欠伸をする。
楓は、その眠そうな理由など解る筈もなく、ただテーブルを挟んだ向かいに立って堂本を見ていた。


「これ。持っとけ」


そうしてテーブルに出されたのは携帯電話。
見た感じでは、使い古された様子もなく、何も装着されてないシンプルなままの真新しい携帯。


「…え?」
「連絡取れないっつーのは不便でよ。あと、この仕事は携帯ないと無理あるからな」
「な! そんな…受け取れません!」
「…おめー…おれの早起きをムダにさせる気か?」
「!」


堂本の眠そうな理由はこれか、と楓は目を丸くした。
そして「ムダにさせる気か」と言われたら、また何も言えなくなる。


「心配しなくても、そのうち取れるモンはちゃんと取るからよ。それより…今はなんでも無料(タダ)でいいよなぁ」
「タダ…?」
「おれの名義なわけだから、おれとの通話はタダだろ? あとなんか同じ電話会社でもそうなんだって?」
「あ…さぁ…。すみません、詳しくなくて」
「そうだと思った」


おどけて笑う堂本に楓は目を奪われる。

(この人は…本当に掴めない人だな。
でも、嫌じゃない)

楓は初めて純粋に男に興味を持った眼差しを向けていた。


「さ。今日もフォローしてやれよ」
「あ、はい……」


楓はお礼を言うことも忘れて堂本を見入っていた。


「ああ。“カレシ”にも使っていいぞ、それ」


ニッと笑って堂本が付け足した。

(…男が居るわけないってわかってての嫌味…)

だけどやはり不思議と嫌な思いにはなることなく。
むしろ手に渡された携帯の存在にまた借りが増えて申し訳なさが先に立った。