それから帰路に着いたのは約30分後。
楓がロッカー室に入る頃はそこにもう誰も居なく、しかしそれが楓には都合が良かった。
ロッカー室という狭い空間で男といることは出来れば避けたい。
それと、何か、勘づかれたら―――。
そんな不安はやはり拭えないので、一人きりのロッカー室は一日を終えた安堵する場にはちょうど良かった。
そしてまだ慣れない街を歩く。
なるべく早歩きで、雰囲気を男のままにして。
アパートの近くになると、昨日の公衆電話が目に入った。
(こんな遅い時間じゃ、電話も無理よね)
一度立ち止まって電話を眺めるだけで、楓はまた歩き出す。
(…それにしても、なんて説明しよう。ていうか、どこまで話せば…余計な心配はこれ以上掛けたくない。でも、圭輔は鋭いとこあるからなぁ)
コツコツと、革靴の音が眠っている街中に響く。
楓がアパートに着いた時には、薄っすらと夜が明け始めてきた。
『明日も、早めに店に来い』
帰り掛け、堂本に言われた指示を思い出しながらベッドの端に腰を掛けた。
慣れない部屋は、帰宅した筈なのにやはり落ち着かない。何をするのにも、使うのにも気を遣う。
堂本という男は、きっとそんなこと、これっぽっちも気にする人間じゃないとわかっているのに。
それでも楓の今までの環境や性格が、そう簡単に割り切ることを拒んでいた。
「…なに食べてるのかなぁ」
カーテンから透けてくる朝陽を眺めて、弟を思って呟いた。