「……あのなぁ――」
ケンががっくりとした頭を上げ、何かを言おうとした時に楓の携帯が鳴った。
「……」
「……はぁ。オレ、そんなに日頃の行い悪いかな……」
口を尖らせ、ぼやきながら、ケンは楓に『電話に出ていいよ』と手で示す。
楓は目を細めて『ゴメン』と合図すると、画面をスワイプした。
「もしもし」
電話に出た楓は自然な笑顔で受け答えを続ける。
ケンは自分の膝に肩肘で頬杖をつくと、楓の用件が終わるのを待った。
「そう。今日引っ越ししてる。うん、大丈夫だよ、ケンも手伝ってくれてるから」
自分の名前が出て、ケンは顔を手から浮かし、目を丸くした。
そんな様子に気づきもせず、楓は話をしている。
「今度うちにおいでよ。ううん、じゃ、またね」
明るい声で言って通話を終えると、ケンが自分を凝視していて驚いた。
「な、なに?」
「いや。今の、誰?」
「え……」
「オレの名前普通に出してたから。あ、弟か?」
話ながら圭輔の存在を思い出し、一人納得したように両手を後ろについて言うと、楓が答える。
「ううん。瑠璃」
「ルリ……? るり、瑠璃……あー!」
床につけたばかりの手をまた離して、指をさして声を上げた。
正座している楓が、ケンの声にびっくりして目をぱちぱちとさせる。
「お前、あの子とまだ繋がってんの?!」
「うん。友達になったから」
「えー! そんなもん……? 女って不思議……」
今度は体育座りをするような格好でケンがぶつぶつと言う。
楓は忙しないケンを見て笑うと、また腰を上げて掃除の続きを始めようとした。
「友達、ねぇ……」
「?」
フローリングをジッと見て、ぽつりと呟くケンを、不思議な目で楓は見下ろした。
そして、不意に上げたケンの顔と向き合うと、その瞳にドキッとする。
「楓。さっきの続き」
「さ、さっき?」
「お前、オレの言った意味、“友達”としてだと解釈してただろ。冗談じゃないぞ」
「え……」
そうしてケンがスッと立ちあがる。
見下ろしていた楓が一転して、今度は見下ろされる立場になる。
窓から射す光を背に、ケンが楓に近づいていくと、楓はケンの影に覆われる。