楓の頭に軽く顎を乗せ、そのまま喋る。


「楓はこれからイイ女になる」


頭から響く振動と同時に、堂本の落ち着く低音が楓の体に浸透する。

そのまま顔をうずめ、小さく笑うと楓が言った。


「それでも、堂本さんは私を選ばないじゃないですか」
「……そう言われると思った」
「でも、本当にそうなれる気がしちゃいます。堂本さんに言われると。不思議です」


楓が言い終わると、回していた手を解き、両腕にそっと触れてゆっくりと距離をとる。
くっつけていた額が離れると、視界を遮っていたシャツのボタンを順に辿っていく。
喉元で一度目を止め、心を決めるように顔を見た。


「――私、堂本さんに拾って貰えて、本当に良かった」


微笑む楓の瞳には、光るものが零れ落ちそうだ。

堂本がゴツゴツとした手の指で、目尻を拭うと、そっと前髪に口付けた。


「おれなんかを好きになってくれて、ありがとな」


生暖かな感触と、その声で言われた言葉に、拭ってもらったはずの目から、ポロリと雫が落ちた。

喉の奥が焼けるように熱くなり、声が出せない。

ふるふると無言で首を横に振る楓の頭を、ぽんぽんと手を置き、優しい眼差しを向ける。


「泣くな。これが最後じゃないだろ?」


ただ「はい」とだけ言うにも、口が動かない。
それに対しても、楓は頭を縦に振るだけ。


「いつだって、連絡していいから。困ったときは、おれが出来る範囲で助けてやる」


せっかくの堂本の顔が、いよいよ涙で滲んではっきりと見えない。
手では拭いきれない楓の涙を見て、ポケットから出したハンカチを差し出す。


「……あ、りがと……ございます……」
「一応元ホストってやつだから。女に差し出すハンカチくらいは持ってんだ」


おどけて笑って見せる堂本に、ぐしゃぐしゃな顔で笑って返した。


「じゃ、“またな”」
「はい……。おやすみなさい」


颯爽と堂本が車に滑り込むように乗ると、すぐに動きだしてあっという間にその姿が見えなくなっていった。

先ほどの圭輔と同じように、楓もいつまでも車の後ろ姿を目で追い、見えなくなってもまだそこにいた。