「……おい。着いたぞ。目ェ開けながら寝ちまったのか?」


ギッとシートに肘を掛けて、後部座席を振り向き堂本が言った。

楓は膝の上の握った手を見つめ、降りようとしなかった。


「……色々いっぺんにあって疲れたか」
「……そうかもしれません」
「なら、早く部屋入って寝ろ」
「堂本さん」


顔を上げて目に堂本が映し出されると、まだドキっと心臓が鳴る。

初めて好きになった男の人は、全然自分とは関わることのないはずだった、夜の世界の人。
けれど、どういう因果なのか、その人の好きな人と自分は近しい存在。

今はその微妙な関係図が恋心をチクチクと刺激しているが、もう少ししたらそれもなくなって、その関係が“よかった”と思える日が必ず来る。

根拠はないが、楓はそんな自信が胸にあった。


「どうした?」
「菫さんとは、うまくいきましたか?」


今までの楓なら、そんなストレートな聞き方はしなかった。

不意打ちの言葉に堂本は呆気に取られてしまう。

二人の間にエンジン音が響く中、暗い車内で黒く光る瞳をお互いに見続ける。

それから少しして、一度目を閉じ、開いたときに堂本が答えた。


「――微妙、だ」


予想外の答えに、今度は呆気に取られ、口が開いてしまったのは楓のほう。

その姿を見て、ボリボリと堂本は頭をかく。


「び、微妙……って……普通、こんな流れなら上手くいくんじゃないんですか?」
「仕方ねぇだろ。微妙は微妙なんだからよ。まーでも、“上手くいく過程”くらいにはなったかな」
「『過程』…………ひゃ!」


考えるように復唱する楓に、堂本は左腕を伸ばして、わしゃわしゃと髪を撫でた。
驚いた楓は肩と声を上げる。


「なんだかんだ、全てのきっかけを作ってくれたのは――楓。お前だとおれは思う。ありがとな」
「や……私はなにも……」
「菫が会いたがってた。お前がその気になったら、おれに連絡してくれ」
「私なんかでよければいつでも」
「『なんか』じゃねぇよ。楓“じゃなきゃ”ダメなんだって!」


最後まで、自分の存在価値を見出すようなことを言う堂本に胸が締め付けられる。

あまりに切なく、例えようのない感情に堪え切れなくなった楓は、ドアに手を添えた。