「本当にここでいいのか?」


運転席の窓を半分開けて、見上げた堂本は聞く。


「はい。ここから乗り継いで帰れますから」


姿勢正しく立つ圭輔が、澄んだ瞳でそう答えた。


「そうか。じゃあ、気ィつけろよ」
「ありがとうございます。姉を、よろしくお願いします」
「……了解」


そうしてウインドウを閉めて、車を走らせた。

ミラー越しに見える圭輔は、いつまでもその場に立っている。
ひとつめの信号を曲がると、圭輔の姿も見えなくなった。


「……びっくりしました」
「ん?」
「今日、二度も堂本さんと遭遇するんですもん」


いつもの後部座席で、楓は直接堂本の斜め後ろ姿を見て言った。

昨日といい、今日といい……。なんとも長く感じる一日で。
昼間はカフェでばったりと会い、夜は洋人の元で鉢合わせをした。

そんな一日を振り返って楓はくすくすと笑う。


「あー。イヤんなったんじゃねぇか?」
「え? なんでですか?」
「ほら、“休みの日まで上司に会いたくねぇ”っつーじゃねぇか」
「ふふ……堂本さんは“上司”っていう感じじゃないので大丈夫ですよ」
「……それ、喜んでいいとこか?」
「たぶん」


「“たぶん”てなんだ」とぼやきながら、堂本はハンドルを切る。
終始口元を抑えて笑う楓を、ミラーで見ては、堂本も笑った。

久し振りに――――いや、きっと産まれて初めて、心から穏やかな時間を過ごしている気がする。

心地良いのは乗り心地だけではない。
流れる夜景がまるで夢のような錯覚に陥らせる。

いつまでもこうしていたいと思うときに限って、その時間はとても短いものに感じる。

それは今の楓がまさにそうで、ずっと続けばいいと思った矢先にアパートが近づいてくる。


キッと止めた車は、すぐにドアは開かなかった。