「本当だよ……そのときの言葉、あれは私への当てつけとかで言う女性じゃない。むしろ、私に“気にしないように”ということだろう。
心から、“相手が誰でも”と思っていたはずだ。彼女は優しすぎたから……それが成宮に対しても冷酷にはなりきれない部分にもなってたんだと思う」
くるりと椅子を回転させ、再び立ちあがると、今度は背に広がる窓の前に立った。
8階と言う高さから下を見下ろす。
雨に濡れた黒いアスファルトと、葉が散りかけている街路樹を見つめて言った。
「……名前の通り、“桜”の舞う季節だった。
『子どもが出来たと話したら、“更生するから”と答えた成宮をもう一度信じてみます』
彼女と最後に会ったとき、そう言われた。
『更生しようとしている人間には、近くで信じてあげる人が必要だと思うから』と――」
そんな母の気持ちを代弁する洋人は、桜が亡き人になってしまったことに、涙ぐむ。
楓は正信に対しての怒りもあるが、それよりも母の想いに胸を締め付けられる。
「……そんなふうに、私の三十路の恋心は宙ぶらりんのままでね」
「――――出逢う順番が、それぞれ違っていたなら――――……」
つぅっと一筋の涙を頬に流した楓は、窓の外のずっと遠くをぼんやりとした瞳で見ながら呟いた。
『それぞれ違っていたなら』――、そうしたら、母は幸せで、洋人の元妻の孝子も傷つくことをしなくて済んだかもしれないのに。
必要ない、小さな存在の“自分”に、責任を感じることもなかったのに――。
「おれはそんなこと、思わねぇぞ」
その声に我に返った楓は、夜の窓に映る堂本を捕えた。
そして横に立つ、“本物”の堂本を見上げる。
目が合うと、堂本は楓の肩から頭の上に手を移動して軽く撫でて言った。
「おれは楓(おまえ)に会えてよかったし、圭輔だってきっとそう思うだろう。それに、おれもなんだかんだ産まれてきてよかったって思えたんだ――――それは、楓。お前に会えたから……会って、色々と変われたからだ。それに、他にもお前を必要としてるヤツ、いるだろ?」
「堂、本さん――……」
あの雨の日から、ずっと見守り続けてくれた、堂本の真っ直ぐな瞳と言葉に胸が熱くなる。